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専門家向けの雑事だけでなく一般向けの普及活動も仕事の内

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

(いつまで経っても、こういう場は慣れないんだよなあ)

某県民会館公会堂で、壇上に座る秋山は内心でボヤいていた。

総理案件とはいえ、完全に非公開で物事を進めてはいられない。

割と注目を浴びている為、一般市民が集まる講演会とかへの出席を求められる。

「情報公開と、世間への広報活動は仕事の内ですから」

広報部から、有人部門のトップである秋山はそう言われる。

有人部門の職員が宇宙飛行士として宇宙に行かないように、

広報部門の職員が広報活動用に顔を晒すとは限らない。

基本職員は裏方なのだ。

宇宙には宇宙飛行士が行く。

講演会には直接関与している者が行く。

そういうものだ。


(基本、見栄えがする研究も何個か入れざるを得ないのは、こういう事情もあるからなあ)

かつてNASDA(宇宙開発事業団)だった頃は、あまり派手な事はせず、黙々と実用衛星の打ち上げとその為のロケット開発をしていれば良かった。

ISAS(宇宙科学研究所)は、ハレー彗星の探査機を通称「ハレー艦隊」の一員として打ち上げたり、割と市民に注目を浴びる事をしていた。

ここも基本は地道な基礎研究なのだが、科学探査は割と派手に扱われやすい。

ハレー彗星なんて、76年に一度しか接近しない超有名彗星で、そこの探査計画は内容が地味でも、行為自体が注目されてしまう。

このNASDAとISAS、そして現在は有翼機部門になっているNAL(航空宇宙技術研究所)が統合されてJAXA(宇宙航空研究開発機構)が誕生した。

よってJAXAはNASDAよりも一般が興味を持つ計画に携わり、それ故に解説をするというのも必要となった。


「科学技術に興味を持って貰う」為の子供向け講演は、若手研究員とか宇宙飛行士が望ましい。

流行っているアニメやゲームになぞらえて面白い話も出来るし、目を引く映像とか、興味深い計画とかを語れる。

また、代表者を招いて一緒に実験をしてみたり、バーチャルリアリティーを使った宇宙体験とかをさせられる。

この時、一緒に実験や体験に参加してあげるのが重要だ。

だから、気難しい感じの中年管理職でなく、若い職員か実際に宇宙に行った者の方が好ましい。


しかし、公会堂のような会場で青年以上を招く講演会では、立場が軽い人の方が好まれない。

宇宙飛行士はそのままで良いが、地上スタッフは管理職級が望まれる。

呼ぶ人が、当地の議員だったり有力者だったりする。

その地が、大気圏再突入の降下試験場だったり、研究施設や帰還カプセル回収船の母港だったりすれば、断る事はその地の協力を得られなくなる事に繋がる。

割と年配の人が集まっての講演会となるが、この中には宇宙計画に否定的とまでは言わないが、懐疑的な者も居たりする。

だから

・何故この計画を始めたのか

・現在どのような成果が得られているのか

・将来はどのような事に役立つのか

を説明する。

分かりやすく。

難しい内容を聞きたがる癖に、難しい用語や入り組んだロジックで話すと文句を言われる。

難しい内容を、如何に分かりやすく話すかが重要であった。

この辺、企業への報告会とも似た部分がある。

だが、企業への報告会が専門的な説明で通じるのに対し、一般へは概論をまず話さねばならない。

その概論を話した上で、一般がよく見聞きする「派手な」計画の意義を矛盾なく話す。

「基礎研究が重要と言いながら、今やってる研究は基礎と言い切れない、しなくて良いものじゃないのか?」

そうツッコミを入れる者は少なからず出て来る。

「俺たちの税金使って遊んでるんじゃない」

つまるところ、そう言いたいのだ。


有人宇宙飛行計画は、税金から予算を得ていない。

JAXA全体では国から予算をつけて貰っているが、有人計画は総理案件で、貿易黒字の吐き出しに過ぎない。

それはよく発展途上国へのインフラ整備のODAとして出される金と出所は同じで、税金のばら撒きには当たらない。

だが、それを言っても分かってはくれない。

出所なんてどうでも良い、無駄遣いしてるように見えるのに一言言ってやりたいだけなのだから。


あと、様々な事を質問という形の意見で言って来るが、決して論破してはならない。

高校生、大学生くらいだと議論という形で戦うのが楽しい場合もあるが、こういう会場に来て質問して来る爺さんとかにあるのは

『皆の前でお偉いさんに厳しい事を言える俺、カッコイイ!』

というものだから、面子を潰すと敵に回ってしまう。

逆に論破されてみせたり、全面的に意見を聞き入れてしまうのも良くない。

調子に乗って、次から次へと提案して来るからだ。

そこで

「素晴らしい質問でした。

 実はその事について、改善する為の協議中で、対応中なのです。

 質問いただいた内容についても、参考にします。

 全てにお答え出来ないかもしれませんが、現在既に進めておりますので、どうぞ次の報告をお待ち下さい」

といった風にするのが良いだろう。


無論、本当に興味を持ち、純粋に科学的や社会的な意義につい質問して来る人もいる。

そう言った人にはきちんと回答する。

きちんとした質問は、既に計画発動前に検討し終えているものがほとんどなので、答えやすいのだ。


「さて、人前で話すのは胃がキリキリ痛むが、行くとしますか」

そう独り言を吐いて、秋山は壇上の座席についた。


彼は知らない。

安牌だと思われていた子供向けの講演会。

若手の職員が、子供たちから鋭い質問をされて、タジタジになっていた。

最近では子供の方が、興味を持って大人のよりも深く知ってしまう。

子供の方が吸収力が高いせいか、ドラマを見ても「第何話のあのシーン」とか、鉄道でも「駅のあの部分」というようにマニアックな部分を印象深く覚え、疑問を持っていたりする。

大人の職員の方が、答えは持っているが

「それはどの部分だ?」

と検索しないと咄嗟に答えられなかったりする。


最近は「博士ちゃん」とか言われる子供も多く、子供騙しは通じない時代となっていた。

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