芸能人も辛いね
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「タレントを騙して宇宙船に乗せるとか、ダメです」
倫理上の問題もあるが、やはり宇宙に行くには各種申請が必要で、その手続きや事故の際の免責について誓約書を書いて貰う必要がある。
仮にそういうのが無しで宇宙に行くなら、国の認定する宇宙飛行士の訓練を受けて貰うか、特定任務や研究に従事するミッションスペシャリストになって貰う必要がある。
これまで臨時で宇宙に連れて行かれた者もいるが、彼等とて3ヶ月以上の訓練を行っていた。
例えば「こうのす」の水回りを改修した水道局員だが、彼は半年程遠隔地への出張扱いで訓練と宇宙での作業をしたのだ。
この時、きちんと出張手当、危険手当、特別報酬が支払われている。
騙して芸能人を宇宙に乗せるとして、こういう事について説明しなければならない。
黙っていて
「実はこうでした」
というのは、コンプライアンス的に許されない。
どうせ宇宙に行くのはアメリカの民間宇宙船である。
アメリカの基準で書類手続きをしたらどうか?
アメリカは日本以上の契約社会である。
「知らなかった」で済まさないよう、しっかり説明をし、納得して貰う。
その上での責任問題か免責かとなる。
代理人がこういう手続きを行っても良いが、代理人がそれを顧客に説明しないと背任となろう。
アメリカの方が、もっとバレてしまう。
「別な番組で『宇宙飛行士になってもらおう』という偽企画を立ち上げ、
さらっと訓練して貰い、どうせ使わないと思っているライセンスでも出して貰って、
それから騙して宇宙船に乗せようと思っていたんですけどね……」
「ライセンスとか無いですけど、任務として乗客登録せずに乗れる宇宙飛行士になるには、最低三ヶ月くらいの訓練は絶対に必要ですよ」
「ああ、それは無理ですね。
あの人、ああ見えて忙しいので。
うちの番組以外、大〇ドラマでもそんな予定押さえられませんから」
(そんな人を騙して宇宙に連れて行く気だったのかよ)
とりあえず番組構成をどうするかはそこの局の問題として、絶対にダメだという事は理解して貰った。
一方、某男性アイドルはやる気満々である。
早く訓練させろと息巻いている。
彼の他に、同じ事務所の若手も1人連れて行くのだが、
「対象は3人いて、その3人で競わせたい」
とか言い出していた。
「その若手に対しては、旅客と同じ訓練メニューで良いですが、
あの……言い辛い事ですが……その大物アイドルの方が
『正規の宇宙飛行士としての訓練を受けたい』
と言っていまして……」
なんでも、重機から潜水ドローンまでありとあらゆる機械を操作出来る為
「宇宙船も操縦出来るスキルが欲しい」
と言い出したようだ。
「仕事とか、スケジュール的に大丈夫なんですか?」
「連続した休みは無理ですが、長期的に、1年くらいかけてライセンス取るとかはしたいそうです」
「ライセンスとか無いですよ……」
将来はともかく「第一種普通宇宙船操縦免許(AT限定)」とか「第二種大型特殊宇宙船操縦免許」とか「仮免許」とか、そんなのは実在しない。
「とりあえず、将来宇宙飛行士になるかどうかは置いといて、
今回用の訓練メニューには従ってくれるよう打ち合わせしておいて下さい。
バラバラにやっている程、訓練施設に空きは無いです。
行く人集めて一斉に訓練しますので」
訓練機は3セットしか無い。
訓練させろと言って来ているが、多数を捌ける設備もあれば、少数精鋭でせざるを得ない設備もある。
特にスケジュール調整が面倒な人たちだからと言って、その人たち用に設備の使用予定を空けておくとか困難だ。
JAXAのスケジュールに合わせて貰おう。
芸能人にして芸能人に非ざる人もいる。
局アナという人たちだ。
某番組では、人気解説者に宇宙に行って貰い、そこから様々な事を話して貰おうと企画を立てていた。
企画の当初は、その人も乗り気だった。
しかし、ある程度時間が経過し、いざその企画の為に局内の人選も済んで動き出そうとした時に
「やっぱりやめた」
と言い出したのだ。
番組自体は良いが、自分が宇宙まで行く必要が無い、と。
様々に調べて、恐怖を感じたようだ。
(それで良いんですよね)
秋山なんかはそう思う。
いくらハードルを低くしているとはいえ、まだ宇宙に行くのは危険極まりない。
一見安全に見えているのは、裏で絶対に危険な事が起こらないよう頑張っている技術陣の頑張りに因る。
この企画自体を中止にはさせられないその局は
「君行って来て」
と局アナを代理に指名した。
割と顔の知れた女子アナである。
業務命令とあり、断る事は……出来ても行使されなかった。
書類を見た限り、健康状態に問題は無い。
暴飲暴食をして来たと思われるオッサン年齢のディレクターより余程健康だ。
だが、第一声で
「ワインとか宇宙でも飲めますよね。
私、寝る時は欠かさず飲んでますので」
だったのには、職員一同ガクッと来た。
(健康は良いが、この人で大丈夫なんだろうか?)
行く方もこれから大変であろう。
訓練は簡略化したのを用意するが、それでも易しいものではない。
だが、彼等彼女を宇宙に送って、無事に帰還させるよう働く裏方は更に大変だ。
メニューや行政手続など、忙しい日々がまたやって来る。
実在の番組をモデルにはしていますが、あくまでも本物ではありませんので。
架空ですので。




