まずはスタッフの選抜から
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本人初の宇宙飛行士は、民放の局員であった。
宇宙船の操縦に関わったり、実験をこなすミッションスペシャリストであったり、「こうのす」で4人が専属となった宇宙ステーションの生活補助要員だったりしたわけではない。
金を支払って、それで宇宙に行っただけである。
だがそれでも、日本初は日本初である。
日本人最初の宇宙からの中継は、テレビ局の人間が行った。
「こうのす」の短期滞在メンバーには、既にテレビ局から「行かせて欲しい」という要望が非公式ルートで寄せられていた。
この場合、局員が1人で宇宙に行き、カメラを回すわけではない。
それだったら、既に高精度カメラを使った撮影をミッションスペシャリストが片手間にやれているし、宇宙からの動画配信(サーバは地上だが)も行っている。
ただのテレビ中継なんて、30年前に日本人初の人がしているから、二番煎じに大金払い危険を冒す事は無い。
カメラマン、ディレクター、タレント、そのタレントのマネージャーが1セットである。
もっとも、北海道の某テレビ番組は、カメラマン兼ディレクターが2人とタレント兼事務所社長と、本人は行く事を知らされていないタレントという変則的な組み合わせであったが。
(いや、本人訓練させないと駄目だろ)
そう思っているが、
「上手く騙くらかして、訓練はさせます」
と言っているので、信じるとしよう。
流石に訓練して適性が無い者は宇宙に上げられない。
国営放送、民放、地方局、ケーブルテレビ、ネット放送局、様々な所から申請が有った為、まずはスタッフの訓練から始める事となった。
なお、これは談合の類となる。
所謂商業的マスコミの面々は、この事を機密とした。
JAXAにも「宇宙にテレビ番組が行く、その為の訓練を始める」という事を内緒にして貰った。
バレたら困るのである。
バラエティー的に。
だから、機密漏洩の可能性が高い個人動画配信者にも、この情報が伝わらないようにした。
JAXAの公募でテレビ番組を募ったのならバレるとか以前の話だが、これはテレビ局の方から申し入れて来た案件。
一般には一切知られなかった。
第四次長期隊が打ち上げられるちょっと前の事である。
この頃から、2回予定されている一週間程度の短期滞在隊の選抜が始められていた。
テレビ局クルーは別枠選考を行っているのだが……
「えーっと、明らかにダメな人が多数います」
JAXAの有人宇宙船部門の職員は、秋山に書類を見せながら伝える。
履歴書自体は電子媒体なのだが、その後個人情報にあたる資料を封印封筒で取り寄せた。
放送局かかりつけの病院から健康診断の結果である。
メタボくらいは良い。
肝臓に異常があるもの。
糖尿病及びその予備軍。
痛風持ち。
高血圧で心臓疾患とは言わないが、過度のストレスに対しては不安が残る者。
「美味いもの食って、飲んでる数値だな」
「ですね。
ディレクター級の人に多く問題があります」
「若手は?」
「若手というか、まあこれを見て下さい」
神経症。
睡眠障害。
軽度うつで通院歴あり。
アルコール依存症。
PTSD。
「あーーーー、若手はストレスフルなわけですか」
「若手じゃないんです。
確かに若いんですけど、この人たち外注、外部の製作会社やフリーのカメラマンです」
「もしかして、このPTSDって……」
「なんでも、戦場に行って何度も誘拐とかされそうになり、
少年兵に銃を向けられたとか色々あって、
日本に戻ってからもフラッシュバックがあるとの事です」
「ダメでしょ、こんな人宇宙に上げたら」
「そう思うんですけどねえ」
一通り健康診断の結果を見て
「ほとんど差し戻しだな」
「ですね」
秋山と職員は確認し合った。
不健康な人が多過ぎる。
写真を見ると、一見大丈夫そうに見えるが、内臓系と血液系がボロボロ過ぎた。
あと、精神やられている人が。
「いくら誰でも宇宙に行けるようにするのがコンセプトとはいえ、
現時点では病人はちょっとねえ」
「病人というか、基礎疾患持ちは……」
「宇宙でフラッシュバックが来て、勝手にハッチ開けて飛び出すとか、文字通り死にますし」
「それは全クルー危険ですよ」
テレビ10局、新聞4社、通信社2社で60人以上の応募があった。
しかし書類選考で僅か3人にまで減らされる。
「20分の1は、選考基準として甘いんですけどね」
全滅させると、また何を言われるか。
とりあえず健康状態が心身ともに健康に近い人が訓練課程に進める事となった。
その報告を各社に送る。
「この若いディレクターは、娘が好きなテレビ番組で見る人です。
タレント以上に筋肉作業でもって活躍している人ですよ」
「こっちの人、メタボ体形だからもっと不健康かと思ったけど、
数値見ると他よりも断然健康的ですね」
「こちらの人は、流石国の放送局に入局出来た人ですね。
健康状態は不可が一個も無い。
その上で、言語とか海外経験とかのキャリアがあるし、
うわ、凄い、ネパールとかで山岳登頂の撮影も経験してます」
「まずはその三人で訓練です。
短期滞在だし、既に老人や観光客の受け入れも実施済み。
アメリカから取り寄せた訓練メニューを元に、簡易訓練の計画を立てましょう」
「まあ、こういう短期滞在はアメリカの民間宇宙船が良いですからね」
「あの宇宙船、最近は飛行士抜き、つまり観光客のみで自動操縦で宇宙に行ってようですよ」
「いずれはそうなるでしょう。
そうなれば、ISSよりも低い軌道で、ISSよりもハードルが低い『こうのす』は需要が増えます」
「日本人で行きたがる人は多いでしょうね」
こうして1ヶ月の即席訓練メニューが始まった。
だがそこはマスコミ様、ごり押しでまだ追加される事となるのだった。




