宇宙スクーター
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
大分前に、某バイクメーカーが宇宙スクーターを開発し、「こうのす」に運び込んでいる。
しかし、まだ実験はされていない。
持ち込む際に分解していたのと、ミッション的に後回しにされていた事による。
仮組みして船外に係留してあるが、それを今次は積極的にテストをしたい。
船外活動で、自力で移動する場合、船外活動服の推進剤か宇宙銃を使う。
この推進剤の量は多くない。
仮に宇宙に放り出されてしまったら、宇宙船に追いつけるかどうかは運次第だろう。
そこで小型の移動装置を考える。
相対速度で、先を進む宇宙船に追いつける程度の加速が出来れば良い。
そして扱いやすいもの。
ある程度誰でも運転した事がある自転車型となった。
自動車も選択肢の一つではあったが、ハンドルを回す方式よりも、直接進路を変える方がより間違いが少ない。
摩擦が無い為回転式ハンドルで弱い力でも動かすようにする必要が無いのと、逆に摩擦が無い為そのハンドル位置が正面を指向しているのか分からなくなる。
見た目ではっきり「どこを向いているのか」分かる自転車/バイク式が良いと判断された。
では、スクーター(オートマチックトランスミッション)とバイク(マニュアルトランスミッション)ではどちらが良いか。
普段であれば、人の好みによるだろう。
だが船外活動服を着るとなれば話は変わる。
厚底靴で、足でギアチェンジをする方式は好まれない。
そもそも、タイヤを回転させないからギアチェンジというものは無い。
噴射出力の調整ならば、ハンドルにあるスロットルで十分だ。
そして宇宙スクーターは通常のスクーターとは次元が違う。
道路を走行する地上のスクーターと違い、飛行機のように三次元を移動するのが宇宙スクーターである。
その為、地上型と違う部分として、ハンドル部分が左右に転換するだけでなく、前後に押し引き出来る飛行機の操縦桿のような仕組みになっていた。
その操縦桿的操作の為、足はフラットな部分に置いた方が良かった。
また、宇宙では摩擦が無い為、後退とブレーキも問題である。
地上なら足をついて、車体を回転させて後ろに向きを変える事も出来よう。
しかし宇宙ではそれは出来ない。
そこで、ブレーキレバーを引くと逆噴射をして制動をかけ、フラットな足置き場には非常用ペダル、衝突寸前の場合に踏むと猛烈な逆噴射を行って後進をかけるようにされた。
ブレーキはあくまでも速度を落とす為のもの。
非常用逆噴射はバックに車体を「吹っ飛ばす」ものである。
秒速数キロの世界で、非常用ブレークはそれくらい過激でないと衝突回避は難しい。
と、このような小型宇宙船なので本格的なメカニックが、しっかり組み立てた方が良い。
今回栗山飛行士が選抜された事には、この理由もある。
有翼機部門の関連会社の人間で、バイクの専門家ではない。
しかし、配線や燃料回りをしっかり見る事が出来る。
彼は基本、4機の有翼実験機を大気圏再突入させた後は、任務がそう多くあるわけではない。
有翼機は最終的には、地上を発進して宇宙に至るものを作りたい。
宇宙での制動についても調査する。
当初、大気圏再突入をさせない、宇宙ステーションを発着させる実験機を用意する予定だったが、
「一人乗り小型宇宙船で三次元機動出来るものなら既にあるぞ」
という事で、宇宙スクーターを使っての検証も彼の任務となった。
有翼機の開発にも繋がるのだ。
「これ、かなりの魔改造はされてますが、基本フレームは新聞配達で走るあのバイクですね?」
「そうですね、後ろにでっかい荷物用カーゴ載せられる、あいつです」
「ライトにバックミラーに燃料タンク、ほぼほぼ一緒ですかね」
「詳しいですね」
「学生の時、新聞奨学生やってましてね」
「ああ、新聞配達したんですね」
「僕は自転車でしたが、配達用バイクは乗った事があるので」
「ほお!」
「原チャだと速度出ないから、いじっても余り面白くはないですが」
「へ?」
「配達用のは他人のですからいじるのは禁物ですけどね」
「そりゃそうです」
「でもまあ、見た目派手にしたり、爆音鳴るよう排気管伸ばしたりした人は見てまして。
あ、自分じゃないですよ、高校の同級生ですよ」
「はあ……」
だが新沼船長はその後、キャブがどうのとか、噴射装置が直管マフラーと似てどうのとか言うのを聞き
(新聞奨学生するより前に、バイク乗り回して、違法改造とかしてたんじゃないのか?)
という疑いを抱いていた。
まあ確かに後方に伸びた2つのメインの噴射器、そしてX字に斜め上下に伸びた方向転換用の噴射器が燃料タンク直結のエンジンユニットから伸びている為、暴走族の竹竿排気管に見えなくもない。
(まさか、開発した人もそっち系か?)
深くは問うまい……。
身なりや過去はともかく、今使えるならそれで良いのだ。
それに、体が投げ出されないようシートベルトが取り付けられ、雨天でも乗る為のルーフと似た「万が一の衝突時に、操縦者を守る」フレームが取り付けられている為、そっち系の好みからは大きく外れてもいる。
この宇宙スクーターによる実証も、これから新沼船長、岸田副船長が交代で操縦し、栗山飛行士がデータ収集を行う。
栗山飛行士はミッションスペシャリストなので、船外活動については
「自分だけではしてはいけない、必ず専門の宇宙飛行士の補佐の下で行う事」
となっている。
だから、タンデム乗りが出来ない事も無いが、まずは一人乗りで実験をする為宇宙スクーターには乗車(?)出来ないのだが……
(栗山さんが「自分にも操縦させろ!」と言って来たら、きっとそっち系なんだろうな)
そう密かに思う船長であった。
※宇宙スクーターは現在本当には有りませんので。




