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舞い降りる翼

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

宇宙酔いが治った栗山飛行士が、彼の任務に入る。

柔らかい寝床の米沢飛行士は翌日も気分がすぐれなかった為、

「個人差の可能性もあるが、今回は体を固定する方が宇宙酔いからの回復には良かったようだ」

というデータが取れ、地上に送信された。

栗山飛行士は、浮かないようにする固定ベルトをきつく締め、宇宙放射線が飛び込む為にチカチカするのを緩和させるアイマスクも、上からさらにバンダナできつくしてから寝た。

眠りは浅く、途中で頭が痛くなってバンダナを緩めたそうだが、翌朝は三半規管が安定したようで気分が良くなったという。


栗山飛行士の任務は、有翼機の地上降下。

4種類の有翼機が用意されている。

1機種目はデルタ翼のコンコルド型。

スペースシャトルも同じ形状であるが、コンコルド型と言ったのは将来の超音速旅客機を見据えた設計だからである。


2機種目と3機種目はリフティングボディ。

胴体で揚力を得る形状で、主翼に掛かる負荷を無くするものである。

スペースシャトル・コロンビア号の事故からも、主翼の付け根に負荷が掛かる事は避けたい。

とくに何度も継続使用するのであれば。


そのリフティングボディでも、2つの機体は設計が違う。

1つは衝撃波を利用するウェイブライダー。

高速突入時の衝撃波をまともに受けて、それで滑空する為、底面が真っ平となっている。

もう1つは通常のリフティングボディ。

降下時の衝撃波を出来れば緩和したい為、底面は曲面となっている。

この両機を実際に大気圏再突入させた上で、飛行試験するのだ。


4機種目はブレンデッドウィングボディ。

リフティングボディとコンコルド型の中間のような機体である。

胴体と主翼の両方から揚力を得る。

ただ、翼と胴体の付け根ははっきりせず、胴体のラインがそのまま主翼になっていくものだ。


それぞれ1機ずつしか無い。

失敗は許されない。

発進時に傷をつけたりしたら、それが大事になる。

小さな傷であっても、実験機自体が本物に比べて模型サイズであり、相対的には重大な傷となるのだ。

前回、僅かな切り傷が元で実験機が破壊されるに至った疑いがあり、細心の注意をする。

目標としては、傷があっても翼が折れない機体を開発したい。

リフティングボディ系の実験機が多いのはその為だ。

しかしリフティングボディは低速において揚力よりも抗力が勝る。

よって、降下させるだけならともかく、他の用途も考えるなら多種多様な機体形状を試したい。


「シミュレーションで何とかなる」

全くその通りである。

その為にはデータ収集が必要だ。

シミュレーションで何千何万と降下させたり、滑空させたりするには、生のデータが必要なのだ。

それには傷とか機体変形とか一部の計測装置が壊れていたとか、そういう要素は要らない。

出来るだけ純粋な実験データがまずは必要だ。

だから、わざわざ専門家が宇宙ステーションまで来て調整しているのだ。


「可能なら多数のデータが欲しい。

 そのデータを平均化して、標準値を作るとこだが……」

「それは次以降の飛行士がやって貰いましょう」

大気圏再突入から地上降下といっても、条件は様々である。

恐らく同じ条件に巡り合う事はまず無い。

データを複数取る際、同じような軌道高度、成層圏以上の高空の条件、対流圏の気象条件の場所に、同じ機種を何機も降下させれば大体似たようなデータとなる。

そして別の機会に別の機種を降下させると、機体形状と降下環境と2つが違うデータが取れてしまう。

故に、同じ降下環境に相次いで違った機種を降下させれば、機種の違いによる差分だけがデータとして得られよう。

そして別な日にまた同じ組み合わせで降下させ、機種は同じでも違ったデータが取れると、それは降下環境の差という事になる。

そうして何回かデータを取って標準値を求めたい。

その為の第一歩である。


「……というのを言い訳に、有翼機部門は宇宙ステーションの使用枠確保してませんか?」

「…………」

「黙ってるって事は、そういう事ですね」

「いや、自分の口からは何とも。

 ただ、行きたいって言ってるのは沢山いましたからね」

「そういう事ですよね。

 だったらロケットに搭載して、無人制御で大気圏再突入実験をさせたら、とか言ったら」

「それは野暮ってものです。

 お願いだから言わないで下さい」

「うん、まあ我々も似たようなもんだから、言わないよ」

「一応、ロケットで打ち上げると振動によって故障している可能性がある。

 だから最終調整は人間の目と手で、という言い分は有るんですよ」

「いや、もういいっす。

 でもしばらく地道な実験が続きますね」


有翼機部門、それも超音速旅客機部門で無い方は、もう少し注目して貰いたい。

そして予算をつけて欲しい。

だから前回は、降下機に某ロボット戦闘アニメのプラモデルを乗せてみたりと、パフォーマンスを行った。

そして最後の実験で失敗、いや実験しデータを集める上で失敗という言葉は無く、出来なかったという結果とそうなった要因という貴重なデータを得たのだが、分かりやすく言うと失敗してしまった。

それに対し、珍しく総理が正しい事を言う。

「技術試験なんだし、派手にやらないで良いですよ。

 有意義な開発ですから、基礎実験からしっかりやって下さい。

 有人宇宙飛行計画は総理大臣案件ですから、降下試験の予算は気にしないで良いです。

 ま、最後には国民に誇れる結果が欲しいとは思いますよ。

 だって政治家ですから。

 趣味でやってませんから。

 でも、プレッシャーはかけません。

 気長に、そう次の総理やその次の総理の時でも良いので、良い結果が報告されたらそれで良いです」


こうして安心したこの部門は、地に足の着いた基礎実験を行っている。

「まあ、宇宙ステーションは宙に浮いてますから、地に足が着いたと言えるかどうか」

「そこ、うるさいです。

 これから降下シークエンスに入りますので」


かくして地道なデータ取りの為の第一陣たちは、地球に向けて舞い降りていった。

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