第四次長期隊後半チームも到着
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第四次長期隊後半チームのジェミニ改がドッキング、ついに6人が揃った。
全員が握手を交わす。
検査済みではあるが、その風習も日本では馴染みが無い為、ハグはしない。
アメリカ生活が長い飛行士は、普通にハグが出る為、生活習慣みたいなものだ。
「顔色が悪いですね」
水環境系ミッションスペシャリストの米沢飛行士を見て、新沼船長が聞く。
もう一人、有翼機実験ミッションスペシャリストの栗山飛行士も顔色が悪い。
「宇宙酔いですよ」
岸田副船長が言う。
こちらは最初に宇宙に出た時から、一回も具合悪くなった事がない。
人による症状が出る出ないの差は、いまだによく分からない。
「まあ一日休んで貰いましょう。
第三次長期隊までと比べて、タイトな任務は無いので。
生活に慣れる事が仕事です」
「どうします?
新型居住モジュール、あれは短期滞在隊が泊るものですが、あっちに寝て貰いますかね。
快適でしょ?」
先日までアメリカ観光宇宙隊のCEOとビジネスコンサルタントが使用していた新型居住モジュールは、調整はその時から済んでいるし、清掃も終わっている。
「あれは、どうですかね?
自分もテストで寝てみましたが、ジェミニ改のシートや『のすり』の簡易ベッドに慣れていると
フワフワし過ぎて何か違和感がありましてね。
体が固定された方が、浮いた感じよりも治りが早いのではないですかね」
快適さよりも、浮遊感が宇宙酔いには良くないのではないか、という考えである。
「2人酔ってるのなら、別々に試したらどうですか?」
他人事な久保田飛行士が提案する。
彼も最初の1日は気分が悪く、翌日もやや胃の具合が悪かった。
それもあって、練乳尽くしに気分的な抵抗を感じたものだった。
食べてみれば全く問題無いのだが、よくあるではないか、今日はそれを食べたい気分ではない、というやつが。
だが、今は治っているし、牧田料理長の食事は同じ食材を有効利用する為、複数のおかずに同じものが使われはするが、バリエーションが豊富で飽きない事も分かって、もう好調だ。
「いや、具合悪い人を実験台に使うような事は……」
「副船長、冷たい言い方だが、今でも有人宇宙飛行は人体実験な部分があるじゃないか。
病人が2人というのは、被験体が2人だから比較実験が出来る。
貴重なデータが取れるのは間違いない。
個人差もあるから一概には言えないが、それでも比較実験には変わりない。
まあ、それもこれも本人たちがOKと言わないと人権問題になるだろうけどね」
「船長がそう言われるなら。
米沢さん、栗山さん、どう?」
「………………何がですか?」
「………………寝るとこ変えようって話みたいですよ」
「マジ、具合悪そうですね」
「………………どっちでもいいっす」
「………………自分も」
くじ引きの結果、米沢飛行士が新型、栗山飛行士がコア1に泊る事になった。
「新型居住モジュールって、名前何でしたっけ?」
「スペースリゾート……だったか、ラグジュアリー……だったか、
何だったかな?」
名称は「ビジネス&リゾート・オービタル・シリンダー」である。
正直、センスが無い。
アメリカ人はB.R.O.C.「ブロック」と略して呼んでいたが、どうもしっくり来ない。
「自分、いい名前考えつきましたよ」
久保田飛行士が笑顔で言う。
「別館ってどうです?」
「それも捻りは無いなあ。
普通に旅館やホテルで使ってるでしょ。
でも、呼びやすくはある」
「でしょ!」
「アメリカに打診してみる。
商標とか色んな権利で、勝手に名前つけたら怒られるかもしれない」
新沼船長から地上の秋山、そしてNASAの担当者を通じてモジュールを管轄する部門に話が通った。
Business Resort Orbital Cylinderは、モジュールの役割と形状を現す名前である。
愛称ではない。
愛称もあった方が良い。
良いネーミングが思いつかなかっただけだ。
どっかの魔王たちの宴のように、中々決まらなかったのではなく、そういうのが面倒臭くて「ブロックで良くね?」と流れで来ていただけだった。
(※アメリカ人は割と愛称好きで、アポロ10号は「チャーリー・ブラウン(司令船)」と「スヌーピー(着陸船)」と呼ばれたりした)
この後、「こうのす別館」、もしくは「アネックス」だけで呼ばれるようになる。
「では厨房モジュールも愛称を……」
「あれは『ビストロ・エール』で良いぞ。
フランスが唯一の宇宙大衆食堂として登録しているからね」
「でも、『ビストロ・エール』って名前のフレンチ店、自分も知ってますよ」
「名前かぶりは問題無いですよ。
フランスは『所在地宇宙で、今度同じ名前を他が使うにはフランス宇宙局と文化庁の許可が必要』と世界に宣言したんです。
名前を勝手につけたら、こっちは確実に怒ります」
という事であった。
そのビストロ・エールから牧田料理長が話す。
「乗り物酔いと同じにしていいか分かりませんが、ジンジャーティー淹れましたよ。
無理にとは言いませんが、良かったら飲んで下さい。
あと、今日の食事はサッパリしたものにします」
確かにサッパリしたそうめんであった。
つゆには薬味としてショウガが……。
そしてガリ、食べたい人用に豚肉生姜焼き、飲み物はジンジャーティーの他にジンジャーエールも作ってある。
今日はショウガ尽くしであった。
「武田信長の野望」が完結したので、次回から隔日更新に戻します。
次話は5日にアップします。




