第四次長期隊選抜
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカが使用する期間が終わり、再び「こうのす」で日本人主体の長期滞在実験が行われる。
長期隊6人の内、5人は大分前に決まっていた。
まずは船長。
新沼飛行士は宇宙飛行士選抜の二期生である。
宇宙行きは訓練飛行を入れて今回で3回目。
今までの船長に比べ、実績は乏しいが沈着冷静なのが評価されて船長抜擢となった。
副船長は岸田飛行士。
同じく二期生で、同じく訓練飛行も入れて3回目の宇宙行である。
彼は明るく、タフな飛行士だ。
過去2回、全く宇宙酔いをしなかった。
短期飛行が2回だからかもしれないが、それでも計15日の宇宙生活でケロっとしていた。
この2人が宇宙ステーションの運用を行う。
ミッションスペシャリストは3人。
一人は農業関係で、土壌の方の農学部研究生である久保田飛行士。
彼のこれまでの訓練は、専門外の水耕モジュールの管理についてであった。
食糧生産を行う他に、彼自身の研究も行う。
ジャガイモとトマトを接ぎ木したポマトのように、一つの苗で複数の食糧が生産出来るなら理想的だ。
だが実際には、単品で栽培した方が美味いとされる。
この問題を普通に解決した野菜がある。
カブだ。
カブは根の部分が美味しいだけでなく、葉っぱも食べられる。
嬉しい野菜だが、一個問題がある。
連作障害を起こしやすいのだ。
一度収穫した土壌は、一年空けるのが望ましいとされる。
だが、宇宙ステーションの限られた土壌の中、そんな悠長な使い方は出来ない。
そこで、連作障害を防ぐ輪作作物、エダマメ、ネギ、レタスの宇宙での栽培を研究する。
レタスは水耕モジュールでも生産されている為、間に合っている為、これまで土壌の方では研究されて来なかった。
無重力での植物の生育にはこれまでも問題が見られた為、どうするのが良いかを研究する。
その為、カブのプランターを新たに宇宙に持ち込むのだが、もうすぐに収穫可能だ。
収穫後からが研究対象となる。
二人目のミッションスペシャリストは、念願の水系研究者である。
これまで干潟を再現する研究環境を用意していながら、他の用の為に研究者を送るのが後回しにされていた。
やっと干潟の生物について研究している米沢飛行士を宇宙に送る事が出来る。
生物汚染対策で、人工干潟やその中の生物を取り出す事は出来ない。
訓練は直接触れる事なく、人工干潟の研究を行う機械操作について行って来た。
三人目のミッションスペシャリストは、滑空機の技術者である。
残念ながらJAXA内の技官ではない。
共同研究をしている企業のエンジニアだ。
今回は四機種の大気圏再突入有翼機を運び、降下させる。
分解して運搬する為、正確に組み立て、動作させられる技術者が必要だ。
最後、決まっていなかったのが生活主任となる。
つまりは料理人だ。
こちらの選考の結果、牧田シェフが決まった。
彼はこういう勤務には最適である。
キャリアの最初は普通にホテルでフレンチ主体の料理人をしていたが、そのホテルが廃業となり、客船の料理人に転職する。
そして思い立って南極観測隊の料理人に志願。
採用され、越冬隊を経験。
その後再び船に乗っていたが、昨年の疫病騒動で運行本数が減った事で退職。
病院の食堂で働いていたところ、同じ料理人からの連絡で
「君にピッタリの募集があるよ」
と言われて、締め切りギリギリにJAXAに履歴書を送った。
船も南極も、他にも料理人が居た為、一人で全てをするのは今回が初めてとなる。
経歴だけ見れば文句無しだったが、選考ではこの「一人で全て出来るか」が見られた。
これをクリアした上で、和洋中イタリアンに多国籍料理と何でも出来る。
趣味は家庭菜園、船では水耕、南極では温室で野菜を育てた経験あり。
専門知識は無いが、農業モジュールの助手くらいは可能。
「へえ、こんなライトノベルでどっかの世界に飛ばされてもやっていけそうな人って、本当に居るんだなあ」
という秋山の感想に、推薦した知人は
「日本にも世界にも、どれだけの料理のプロやセミプロが居ると思ってるんですか。
その中で、高級ホテルやレストラン、豪華客船にずっと勤める料理人は一握りです。
結構色んなキャリアを経験している人はいますよ」
と返した。
探検家をしつつ行った国で覚えた料理を出す人や、農家の傍ら自分の畑で採れた野菜を料理にして提供する人、プロの料理人とは言い切れないが食品会社勤務でグルメを活かして美味しいレトルト開発に尽力し、個人的な料理の腕前はセミプロという人もいる。
第二次長期隊の石田さんだって、もしも正規の料理人を探すルートしか無かったら、見つからなかった人材だ。
「いい加減風来坊な生活は親に怒られてまして。
この任務が独身最後の我がままとします。
これが終わったら見合い相手と結婚して親を喜ばせます」
という発言に
「死亡フラグでは?」
と一部職員が騒いだが
「宇宙ステーションは戦場じゃないし、
死亡フラグを立てた兵士が死ぬのは偶然とか本人の勝手な行動からで、
飛行士の命を預かる我々はそういうのを潰す役割だろ。
絶対に帰還させる、万全の準備をするのが我々の仕事だ。
ここに死亡フラグが立つ余地は無い!」
という秋山の説教で、最終的に宇宙行が決まった。
彼等は種子島宇宙センター入りし、打ち上げの時を待つ。
前半隊3人は、観光滞在しているアメリカチームと、最後の1日を過ごす日程だ。
ジェミニ改の発射準備が進められる。




