日本の翼
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXAとは国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace eXploration Agency)の略称である。
宇宙だけではない、航空の研究もしている。
有翼機部門の本業は超音速旅客機、さらにマッハ5以上で飛行する極超音速旅客機の研究である。
スペースシャトルの二番煎じじみた宇宙機部門は、ある意味片手間の作業であった。
有翼宇宙機の研究は、愛知県にあるパートナー企業が進めている為、JAXAの局内で進めているのは本当に片手間であった。
とはいえ、周囲へのアピールも必要な昨今、地道な研究開発のみならず、某アニメじみた宇宙からの降下パフォーマンスも必要とは看做された。
これに大金を掛けるなら本末転倒だが、既に宇宙ステーションを運用していて、そこから予算使用としては微々たる模型機を降下させるくらい、大目に見られている。
どんな形であれ、有意義なデータが取れるのも確かだし。
極超音速旅客機は、高度50~70kmを飛行する想定だ。
宇宙が大体100kmより上だから、この機体は宇宙にまで上昇する予定は無い。
ここから空中発射されるなら、宇宙まではあと少しと言えるが、JAXAもパートナー企業もそれは考えていない。
あくまでも自力で宇宙まで行ける機体を考えている。
一方、滑空機の開発は別目的で行っている。
以前も述べたが、宇宙で得られた資料を海中や人里離れた地に落として回収するよりも、さっさと研究機関に運べる空港に着陸させた方が良い。
滑空機の場合、エンジンの研究は必要無い。
降りて来るだけだからだ。
エンジンを付けるとしても、それは大気圏内を移動する為であり、失速さえしなければ高速を出す必要も無い。
宇宙に打ち上げる際は、ロケットの先端に載せられる形となる。
スペースシャトル・エンタープライズや桜花のように、上空までは別の機体が運ぶ事も有り得る。
宇宙往復機と滑空機、エンジンやロケットブースターの有無の差はあるが、空力的には共通である。
どちらも帰路、大気圏再突入時と空港への飛行を考えた設計になる。
その点、空中発射型は帰って来ない分、空力計算から減じる必要がある重量や形状の制限からは免れ得る。
どの形式も一長一短であろう。
「……という事で、『こうのす』への技術者派遣を我々の部門でも考えています」
有翼機部門の担当者が言う。
有翼機部門は既に述べたように、本業は超音速旅客機であり、空き人員は居ない筈だ。
だが……
「嘱託の職員で、主にメカニックの方をやってくれてる人が是非行きたいという事です」
という事だった。
嘱託で、本業からはやや外れるので契約は見直しになる。
その人が宇宙に行くには、訓練が必要であり、その期間も仕事に穴が開く。
別な人と契約する事になる為、訓練期間は無給とまではいかないが、かなり安い契約にせざるを得ない。
宇宙に行くと、出張費と危険手当が付くが……
「訓練の結果、適性無しとして落とされる可能性もありますよ。
それで良いのですか?」
確認してみる。
すると、それでも良いという事だった。
「とりあえず行きたい人の情報を後で送りますが、
ダメならすぐに連絡して貰えればありがたいです。
他にも居ますので、そちらも審査願います」
「え?
そんなに居るんですか?」
「いや、全員行きたがっていましたよ。
あとパートナー企業の方からも内々に行って来てまして。
まあ、あちらは社長さんが
『まだ自社の機体が出来ていないのに、仕事を放って宇宙に行くとは何事だ!
お前ら、仕事をナメてるのか!
宇宙には私が行く!』
と言って、大揉めしてるそうですけど。
うちの部門も、行きたい人全員訓練に参加させて、選抜して貰えば良いのですが、
全員そうやって訓練に出すと誰も居なくなってしまいますから。
まずは一番技量が確かで、熱意がある人でお願いします」
「…………何がそこまでして駆り立てるんです?」
「夢です!
ロマンです!
それなくして、この業界には居ません!!」
そういうものだろう。
有人宇宙飛行自体、夢とロマンが先に有って実行している部分もある。
気象観測や測地等、宇宙開発は未来というより、現在必要不可欠な技術だ。
しかし、ハッキリ言ってそこに人間が居る必要は必ずしも無い。
それでも各国は宇宙に人を送ろうとする。
むしろ日本の方が「別に無人で良くないか?」と消極的な方だ。
現実では効率重視、現実主義、失敗を恐れる、減点式思考の日本が、SFアニメにおいては世界各国を置き去りにする質と量と異端さを持っているのも面白い部分であろう。
よって、少数選抜の宇宙に興味が有ってかつ関わっている人たちが、一回動き出せば暴走気味に色んなものを開発してしまうのは、仕方がないのかもしれない。
「主に船外活動で、燃料補充や機体補修といった作業になる。
訓練はかなり厳しくなります」
「望むところです」
「いや、貴方が宇宙に行くんじゃなくて、今ここには居ないメカニックの職員が行くんでしょ?
その彼に確認して来て下さい」
「えーーっと、彼じゃなくて、彼女なんですが……」
「え? 女性?」
「腕がいい子ですよ」
秋山には意外だった。
だが、女性を断る理由は無い。
「こうのす」は女性が住むにもプライバシーをきちんと守れる仕様になっているからだ。
「じゃあ、彼女に伝えて下さい。
船外活動メインだから、訓練は相当に厳しい。
あと、宇宙は放射線が飛び交う環境です、と」
その女性はそれでも行くと言う事だった。




