アメリカビジネス界の視点
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカには航空機によって高空から発射され、宇宙に到達するロケットは既にいくつもある。
1985年にはF-15戦闘機から発射されたASM-135 ASATミサイルが、宇宙空間に達して人工衛星を破壊した。
現在は民間宇宙企業が2種類の空中発射型ロケットで衛星打ち上げ能力を持っている。
衛星軌道には達しないが、有人で空中発射し、高度86kmに達し弾道飛行での宇宙旅行を達成した機体も存在する。
余談だが、日本もかつては空中発射型ロケットを有していた。
一式陸上攻撃機から発進する有人飛行爆弾「桜花」がそれである。
もしかしたら今の日本の技術をもってすれば、空中発射で衛星を投入出来るロケットも開発出来るかもしれない。
……問題は母機の方を作れるか? 作れても実験回数が少なくてハンガーの展示物となりやしないか? といったところであろう。
アメリカ程に各地に飛行場がなく、飛行機を飛ばす事が普通の事ではないという違いもあるだろう。
さて、アメリカの民間宇宙企業からもテストの申し出が来ている。
空中発射の宇宙機を「こうのす」への輸送手段として使えないかどうか、である。
当然だが、彼は未来永劫「こうのす」に頼り切る気は無い。
自前で宇宙ステーション、ならずとも宇宙に滞在出来る設備を打ち上げ、運用したい。
その際、必要物資を輸送するのに毎回毎回垂直発射用ロケットを用意し、射場で組み立てるのは面倒だ。
輸送量は減るが、利便性が上がるならその方が良い。
基本的に必要な物資は最初に全部運び込む。
だから、後から酸素や水や食糧といった物資を数百kg単位で運ぶ事はあり得ない。
せいぜい数十kgのものである。
垂直発射のロケットではオーバースペックの可能性がある。
宇宙には欲しくなったものをその場で購入する店は無いから、突然欲しくなったものや、忘れ物をその場で調達なんて出来ない。
宇宙飛行士なら、忘れ物は本人のミスだから自己責任として諦めさせるし、必要なものはその場にある物を組み合わせてどうにかすれば良い。
だが、ここの企業が相手にするのは観光客である。
それも金持ちの。
急遽
「ワイフの誕生日を密かに祝う為にワインはわざと持って来なかった。
メッセージカードを添えて、宇宙まで送ってくれんか」
なんて言われても対応可能なサービスを提供したい。
だから空中発射のロケットで、安く、早く、きめ細かく対応出来る事が望ましい。
彼等は将来を見据え、今そこに在る宇宙ステーションでテストを行いたいという事だ。
(羨ましい部分がある)
秋山はそう思う。
これがビジネスとして成立するのがアメリカなのだ。
日本にも宇宙旅行希望者は多数いる。
その需要を当て込んで、宇宙ビジネスをしたい企業家もいる。
だが、その道のりは遠い。
宇宙ビジネスを大規模に展開できる資金も集まらない。
自前でのロケットの開発も難航する。
それらをクリアしても、採算が取れる事業となるかどうかは分からない。
秋山たちの宇宙ステーション計画は、大きな赤字事業である。
元々、貿易不均衡是正の為にやっているので、それで十分だったりする。
この計画を、日本の研究機関は大いに活用している。
それについては、やって良かったと思える。
一方、ビジネスの為に利用申し込みをして来るのは、ほぼアメリカからであった。
若干ロシアからのがあるが、これは入っては途中キャンセルされたりして安定しないので、アメリカからのものが全てと言って良いだろう。
(経営コンサルタントがわざわざ宇宙に行くわけだ)
その軌道上の経営コンサルタントも、ただコーヒーの品評をしに行ったわけではない。
現状で最も「観光客受け入れ設備」として充実した宇宙ステーション「こうのす」をその目で分析している。
「宇宙ステーションの食事は、改善の余地はあるがかなり満足だ。
改善すべきは、食べる場所だろう。
レストランとまでは言わないが、もう少しインテリアの作り込みは有って良い。
ここが本来そういう設備で無い事は分かった上で、今後の助言の為にそう見ている。
食事に関しては、宇宙ステーションの中よりも、その往復かな?」
要は機内食である。
今回、スケジュールの関係でさっさと宇宙ステーションまで到着したが、金持ちの旅行とはそんな慌ただしいものだけではない。
クルージングという概念もある。
将来、有翼機で宇宙に来た時、そこで何周も地球を周回して楽しんでから宿泊施設である宇宙ステーションにドッキングするというやり方もある。
NASAの計画で月に恒久基地を造るというのがあるが、そこへも旅行が出来る場合、現状だと片道3日程の移動が必要となる。
そこでの食事だが、現状如何にも宇宙食らし過ぎる。
「今回みたいに1日以内の行程なら良いが、
何度も食事をするなら、ビニールパックに入った加工済みのものを湯煎したのが繰り返されるのはどうかと思う。
宇宙旅行をしたいと言うのは、今の時点では飛行機のファーストクラスを愛用するような人たちなのだから。
もしもエコノミークラスの料金で宇宙に来られるようになるなら、それもそれでいかにもな宇宙食は嫌われるだろう。
宇宙旅行を訓練された一部の者だけでなくするなら、この辺は考えねばならない」
ビジネス視点では、まだ改良の余地があるというだ。
そしてそれは、細部に拘る日本人技術者がマニアックに強化させ続ける余地、と同義であった。
この回の宇宙機内食ですが、
「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」の冒頭で月から地球に移動する「ハウンゼン」機の描写からヒントを得ました。
(小説の本文には引用してないし、ヒントを明かすだけなので名称はっきり出しても大丈夫だと思ったけど、駄目ならボカそう)




