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初輸送

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「……というやり取りが有ってな」

 先日のコーヒーに対する結論の事である。

 通信相手はISS。

 宇宙で贅沢は禁物だが、ストレス解消の為にも嗜好品は一個は欲しい。

 ISSにもエスプレッソマシンを導入した程、アメリカ人はコーヒーが大好きだ。

 無重力用コーヒーミルだの、遠心分離機を応用したサイフォンドリップだの、普通のろ過式のだの、様々な淹れ方でコーヒーが飲める「こうのす」は、これだけは絶対に取り入れたいと思わせてしまう。


『…………』

 通信機の向こうで、ISSのクルーが黙り込んだ。

(しまった、浮かれた事言い過ぎて、呆れてしまったのかな?)


 違った。


『こちらISS。

 よくも禁欲的な生活をしている我々を惑わせてくれたな、この悪魔(サタン)め。

 贖罪として、コーヒーの補給をして欲しい、どうぞ』

「こちらKoh-Nos、コーヒーの補給だと? どうぞ」

『こちらISS。

 そうだ、コーヒーの補給だ。

 ソユーズがそちらに降りる。

 ドッキングしたら、ISSでも飲めるコーヒーを渡すように。

 どうぞ』

「こちらKoh-Nos、そんな事の為にソユーズを動かすのか? どうぞ」

『こちらヒューストン。

 話に割り込むが、そろそろ交代のソユーズがあるのだが、それを使って人員の交代も行う。

 帰還時期はほとんど同じで、君らの中の一人がISSに移動、ISSから一人がKoh-Nosに移動。

 帰還まで3日程だが、交代して生活して貰う』


急遽決まった。

時々カフェイン中毒の発作が起こる。

無性にコーヒーが飲みたくて仕方が無くなる。

同様の発作はハンバーガーやピザ、炭酸飲料でも起こる。

炭酸飲料に含まれる炭酸ガスは、無重力で胃に入れるのは厳禁だから「こうのす」にも無い。

ハンバーガーはISSにある食材で作れる。

ピザは冷凍ものがISSにある。

味は兎も角、発作は抑えられる。

コーヒーは、嗜好が分かれる為、たまに発作が起きると

「俺が飲みたいのはこれじゃないんだ!」

となる。

まあ、発作が起きようが、それを抑えられないようでは宇宙飛行士なんか勤まらない。

普段は

「あーあ、飲みたいなあ」

程度で済む。

だが、帰還が近づく、かつすぐ傍に空飛ぶスター〇ックスのような宇宙ステーションが在る、となると

「寄り道して行こう!」

となる。

なんせ、ソユーズが地球帰還する場所はユーラシア大陸中央部。

ロシアの濃く炒ったコーヒーの味は、好みが分かれるところだ。

だから

「注文出すから、その通りのを淹れて用意しておけ。

 今から取りに行く」

となったのだ。


以前、事後報告で勝手に帰還中のソユーズが寄り道した事があった。

それをやられると軌道計算をやり直さなければならず、面倒だ。

だったら

「最初からそれを任務(ミッション)に組み入れよう」

となったのである。




「という訳で、一人ISSの方に移って貰う。

 まあ行くのに1日、滞在2日で地球帰還になるのだが」

「行くのは良いのですが、それコーヒー豆のついでですよね」

「否定はしない!

 だが豆ではない。

 淹れたコーヒーのついでだ」

一同から苦笑いが漏れる。


なんせ、人は

『そちらで人選せよ』

だったのに、コーヒーの方は

『〇〇社のブレンドのを薄く淹れたもの、ミルク入りが2パック、ブラックが2パック。

 ××豆の濃く淹れたものは、ミルクたっぷりのを4パック』

等と細かく指定されている。

「ミルクは本物の牛乳じゃなく、生クリームでもなく、粉ミルクだが良いな?」

『構わない』

「インスタントコーヒーもやろうか?

 余っているぞ」

『不要!』

こんな感じで、人はおまけであるとよく分かる。


「本当はISSに乗れる事は名誉なのだが、なんだろう?

 ハズレくじの気分なのは」

実際、くじで交代するメンバーが決まったのだから、ハズレくじみたいなものだ。


農場モジュールの世話があるから蚊帳の外の日本人飛行士が、一人黙々とコーヒーを淹れている。


そしてソユーズがドッキング。

「じゃあ……みんな、さよなら。

 地上で会おう」

なんか寂しそうなISS行きメンバーと、

「やあ!

 あと3日だけだが、よろしくな!

 ところで、早速だがコーヒーを一杯欲しいなあ。

 ミルク入りで頼むよ」

とルンルン気分の交代メンバー。


ソユーズを操縦して来たロシア人飛行士が

「私は(チャイ)が欲しい」

と言い、コーヒー好きな面々から異端扱いされる。


「紅茶、セイロン茶ばかりですけど、大丈夫ですか?

 もうフレーバーのプリンス・オブ・ウェールズやアールグレイは切らしてまして」

「……ここ、茶葉も種類がそんなに有るのかよ……」

「でも紅茶は在庫が少なく、緑茶なら色々ありますよ」

「紅茶で良い……」

呆れた表情のロシア人だったが、帰路に袋単位でティーバッグを持ち帰ったのだから、実は彼も言葉に出さないだけで禁断症状出ていたっぽかった。


かくしてISSに届けられた多数のコーヒーパック(濃縮されていて、飲む時にお湯を入れて適当な濃さにする)とティーバッグ(飲料用パックに入れて、お湯を入れる)で久々の嗜好品を堪能したISSのクルーは、こう結論を出した。


「やはり日本の宇宙ステーションに負けてはいられないと思うのだ。

 コーヒーは……」

「紅茶も」

「もっと色々淹れられる環境を整えた方が良い。

 是非地上に戻るクルーは合衆国でも本国にでも、要望を出しておいてくれたまえ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 茶! 飲まずにいられない!
[一言] 紅茶か……英国面が
[一言] ここまで来ると喫茶店ですなぁ…船外のロゴ「喫茶店こうのす」に張り替えておきますか()
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