ごつい夕食
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第三次長期隊の設営作業の中で、一番過酷だったモジュールの入れ替え作業が終わった。
船長、副船長とも疲れ果て、休憩している。
この間、本来船長が行っている地上との定時交信やレーダーの監視等は、ミッションスペシャリストたちが交代でしている。
こういう任務もあるから、本来はキチンと訓練を受けた飛行士が宇宙に来るのが望ましい。
人数は限られていて、非常時に「出来ません」というのは許されないのだから。
船長と副船長が睡眠により精神的な疲労を回復させた後は、入浴によって体の疲労物質も押し流す。
無重力では心臓の負担が減る。
脳の方に血液を送るのに、それ程筋肉を使用しないからだ。
心臓の鼓動を意思では制御出来ないから、宇宙に来たばかりの時は脳や顔に血液が行き過ぎてしまう。
それが宇宙酔いに繋がったり、ムーンフェイスと言われる顔面肥大を起こしたりする。
だが、数ヶ月も滞在すると、心臓の方が調整する。
その為、頭痛は収まる。
しかし疲労物質である乳酸が筋肉に溜まった時、通常よりもそれが流れ出ない。
無重力でそれ程の疲労は起きないし、今回だって肉体労働ではない。
だが、緊張によって乳酸は作られてしまい、肉体各所にあるようだ。
よって、入浴して血圧を上げ、または血管を拡張して疲労物質を押し流す。
ようやく船長、副船長はリフレッシュ出来た。
「うわ……」
驚き、ドン引き、期待、色んなものが混ざった声が出る。
目の前には原始時代アニメのマンモスの肉のような、分厚い肉の塊。
ご馳走ではある。
肉類はあまり長く備蓄出来ないから、使った方が良いのも確かだ。
ステーキとかも好物だ。
宇宙でこんな豪勢なものを食べられるとは、良い時代になったものだ。
だが、無重力でこんな分厚いの、ナイフとフォークで切れるのか?
噛み切れるのか?
中は生焼けとかじゃないだろうな?
食べきれるのか?
カロリーは大丈夫なのか?
だが、アントーニオ料理長がやる事だ、間違いはないだろう。
不安は多分全部計算してクリアしている筈だ。
だとしたら美味しいに違いない。
どんな味になっているのだろう?
ナイフを入れてみる。
固いと無重力だから、体が浮いたり、皿が動いたりする。
しかし
スッ……
っとナイフが入っていく。
「凄い柔らかい」
「蒸したのか?」
「どうやったの?」
「玉ねぎには肉を柔らかくする酵素が含まれてマース」
外側に焼き目をつけた後、容器に入れ、新玉ねぎのみじん切りで包んでそれを弱火で長時間蒸し焼き→蒸し煮→煮込みした。
「どういう事?」
玉ねぎのみじん切りにローリエとディルとガーリックチップを練り込んだ肉は、水を一切加えていない。
それを弱火で焼く。
すると玉ねぎから水分が出て来る。
それで蒸し焼きとなってくる。
しかし、弱火でじっくり、しかも玉ねぎでも水分の多い新玉ねぎを全部処分する勢いで使った。
どんどん水が出て来る。
水が多くなるに従い、蒸し煮になり、やがて煮込みに変わる。
「相当時間かけたんですねえ」
太陽電池で電力を作り、しかも低出力で温める為、上手い具合に料理出来たようだ。
焼く為に高温を出すと、蓄電した分を使う。
しかし低温でじっくりならば、発電しながら料理が出来る。
パパっと作りたいところではあるが、今回船長と副船長は2日がかりの作業をしていた。
こういう超スローフードも可能だったのだ。
「でも、玉ねぎは包むのに使うだけなら勿体ないよね」
「安心してクダサーイ。
ちゃんとオニオンスープに利用シマシタ!」
肉のうま味が加わった新たまねぎから出た水分と、すっかり形を無くしたその身。
それを無重力だから手間はかかったが、全て集めて、ニンジンとセロリを熱したものと合わせる。
ニンジン、セロリも自身の身から出る水分で煮込む。
それとオニオンスープを合わせ、塩コショウで味を調えて仕上げた。
「あと、短期滞在組用の料理で学んだ事デス」
同じように肉料理を出す。
これはケバブを応用した料理だ。
中央に脂身、その周囲に薄切り肉を巻く。
その周囲に玉ねぎペーストを塗る。
玉ねぎペーストには香草を刻んだものを混ぜる。
その周りに、また薄切り肉を巻く。
その外側には、今度はトマトペーストを塗る。
トマトペーストはニンニクや唐辛子という個性の強い味を足す。
同心円状にどんどん肉と2種類のペーストとを交互に重ね巻きし、それをやはり低温でじっくり焼く。
無重力で余分な脂を落とせない。
しかし、それを逆用し、肉汁と熱したペーストの味が逃げないようにした。
ケバブの技法を応用しているが、イタリアンの味付けで、炙り焼きではなく蒸し煮焼きである。
こうして第三次長期隊帰還が近い事もあって、大盤振る舞いがされた。
「もう肉は当分いいや」
「これでも余計な水分は使っていないんだよな。
中々凄いよね」
「パスタの出ないイタリアンも中々いけるよね」
好評であった。
そんな中、アントーニオ料理長は
(そういえば、私が着任した時に作り始めた生ハム、いつ食べマショウ?)
そう考えていた。
肉はまだストックが有るようだった。
この料理、作者が最近作った料理です。
某イタリアンの料理人の動画を見まして。




