テーマとは別に第四次長期隊は選抜される
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
継続案件の癖に新規計画を提出しろという国会の要求。
それに変な時間が取られてはいるが、基本「次も行く」事は決まっている。
ただ、長期隊の派遣には少し間隔を置く。
宇宙ステーションを留守にはしない。
短期滞在隊だけの運用を何回か挟んだ上で、約二ヶ月開けて第四次長期隊の打ち上げとなる。
これはスケジュールの調整や、アメリカとの関係でこうなった。
まず、射場の問題である。
漁業の関係でしばらくロケット打ち上げが出来ない。
別の射場もあるが、そちらでは科学・産業用衛星打ち上げを優先する。
JAXAとしては科学や産業寄与の方が本業で、宇宙ステーションはアメリカとの付き合い、日本独自の「こうのす」計画はおまけに過ぎず、おまけで予算が別建てだから好きにやらせて貰えていたりもする。
だが、いざとなると本業優先で、ロケットもそちらに割り当てられる。
次にアメリカとの関係である。
そもそも日本独自有人宇宙船計画は、日本の対米貿易黒字が過剰な為、それを減らす為に始まった。
自前のロケットでばかり打ち上げては、アメリカのうま味が少ない。
日米どころか欧州のロケットにも接続可能な宇宙船が「ジェミニ改」である。
アメリカのロケットを購入し、アメリカで打ち上げ、その為にアメリカ人に仕事を与えるというのも必要だったりする。
更に、「こうのす」の運用にはアメリカも関わっている。
地球観測モジュール「ホルス」はアメリカ開発のものだ。
また新型居住モジュールは日本が開発し、アメリカ民間企業が内装を手掛けた。
アメリカも「こうのす」を利用したい。
そこで、日本で打ち上げが出来ない期間はアメリカから打ち上げる。
短期隊は、元々外国人を多く体験搭乗させるようなものだが、これをアメリカ主導で選抜する。
つまりは7人の人員のうち、アメリカ人6人と日本人1人というISSのような構成にするのだ。
日本人は必ず1人入れる。
農業用モジュールと水耕用モジュール、両方の面倒を見る役割だ。
これはアメリカが嫌がったのではなく、面倒を押し付けたのでもなく、日本に気を使っての事である。
機密という程のものではないが、対生物汚染設備だったりして、その道のプロ以外が立ち入ったら何か有った時に日本が困るだろう、というものだ。
日本だってアメリカの許可無しに「ホルス」には入らない。
この辺、科学を理解している国同士の付き合いという感じだ。
それで、昨年の第一次長期隊の打ち上げ時期とほぼ同じ時期に打ち上げがズレ込む第四次長期隊だが、既に候補者の選定は終わって、訓練の最中である。
・機体運用2名(船長/副船長)
・料理主任(及び備蓄物資管理)
・農業系
・物理化学工学系
の5人と、ここまでは役割が決まっている。
農業は土壌と水耕、両方が大体安定して来た。
色々と注意が必要だった土壌農耕の方だが、深刻な問題は起こらず、忙しくはなるが水耕モジュールと両方管理で良いだろう。
またドッキングの配置を変える。
一人で管理しやすいように、土壌農耕モジュールの接続されたコア1のドッキングポートに水耕モジュールも移動させる。
コア1には他に、厨房モジュールと水処理モジュールが接続されている。
日常生活で使用するコア1に、水を使うモジュールは集中させた方が良いだろう。
その代わり、コア2に多目的ドッキングモジュールが移動する。
コア2には現在、新型居住モジュール、物理・科学実験モジュール、地球観測モジュールが接続されていて、水気が少ない。
短期滞在隊は基本的に地球観測をしたり、小型衛星放出をしたりするから、宿泊場所である新型居住モジュールに近い場所に集中させた方が使い勝手が良いだろう。
ISSも「こうのす」も計画ごとに増築して来た。
だから「どうしてこういう配置なのか?」と思うものもある。
ISSの場合、ロシアの居住モジュールとアメリカの居住モジュールが離れている上に、やや規格が違う。
スペースシャトルを前提としていた為、その退役前後で補給船のドッキングがややこしくなったりもした。
日本の補給機「こうのとり」が自動でのドッキングを許可されなかったのは、ISSはトラスと呼ばれる構造が周辺にある上に、スペースシャトル用のポートを使う為、人間が目視で操作しないと周囲にぶつかるのでは?という恐怖があったからだ。
この辺り、旧ソ連の宇宙ステーション「ミール」の拡張版のような形状の「こうのす」は、モジュールの入れ替えが楽だったりする。
(ロシア式ドッキングは、凹凸式であるから、これもまた一回ドッキングしたら簡単に入れ替えるというわけにはいかない)
という訳で、配置換えはロボットアーム操縦の名人・古関副船長がいる内にやって貰う。
農業用の人員を1人に減らした上で、定員6人の残り1人をどうするか?
延び延びになっていた環境系研究員が選抜された。
水処理モジュールの一部を使う、人工干潟や生物浄水に関する研究員である。
そして料理担当は和食の職人に決まった。
彼の居る店では、大きい水槽に食用の魚を入れて、見せると同時に注文があれば掬って捌いている。
それもあってか、魚の飼育も可能だ。
「生け簀」等と揶揄されている巨大水槽があるが、そこも担当して貰う事となった。
チームで誰かが病気になった時等の交代要員も含めた12人が選抜され、9月後半の打ち上げを目指して訓練が行われている最中であった。




