風呂入れ! 歯を磨け!
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
室戸飛行士によるコア1の水回りメンテナンスで、思う存分水を使えるようになった。
思う存分と言っても宇宙生活の中での比較だし、メンテナンス作業中もコア2を使えば良かったから、節水する必要は無かったのだが。
日本人運用の宇宙ステーションで水回りがガッツリ作られているのは、その生活習慣による。
綺麗好きなのだ。
ウェットティッシュや蒸しタオルで体を拭いて何とかなるのは、男性で一週間くらいかもしれない。
逆に外国人はその辺気にしない。
放っておけば延々と入浴等しないで生きていく。
日本程水が豊かではない国も多く、湯舟はおろかシャワーだって贅沢だったりする。
「ちょっと臭うなあ」
「こうのす」の中で誰かが呟いた。
日本人は体臭の弱い人が多い。
体臭というのは人間の臭いである。
生きていると、どんどん強くなる。
水回りのメンテナンス作業が終わったのが到着してから七日後。
その間、臭いがどんどん強くなっていった。
「どうしてもこれは言わなければならない」
ついに日本人を代表して橋田船長が外国人たちに告げた。
「少なくとも、シャツを着替えよ!」
「ウェットティッシュで良いから、体を拭いて欲しい」
ブーブーと口を尖らせて抗議する外国人ミッションスペシャリスト。
ニール船長が
「ここは日本の宇宙ステーションだ。
船長がそう言う以上、従うのが筋だろう。
軍隊では無いが、こういう特殊な環境ではリーダーに従うべきだ。
無論、ハラスメントに対しては抗議しなければならない。
だが、これは聞き入れられる程度の話じゃないかね」
そう言うと、皆は渋々だが了解した。
「フォローありがとうございます」
礼を言う橋田船長。
「実は私も少し気になっていたのだ。
ISSでは余り気にならない。
この宇宙船の設計にも因るものだろう」
日本人の体臭が薄い事、あちこちを綺麗にしている事、エアコンによる快適な環境を好む事、そういった事情で「こうのす」は空気の巡りが良い。
上手く循環させて、空気の淀みが出来ないように配管されている。
二酸化炭素溜まりを作らないのはアメリカも一緒だが、それでもアメリカよりも送風が強い。
更に内部も、空気の流れが滞らないようレイアウトして物を置いている。
そこに強力な体臭の人を置いてみたらどうなるか?
言わずとも分かろう。
なお、空気浄化は生命維持装置に戻って来てからであり、循環中に臭いは消えない。
一方日本人飛行士は、久々に宇宙湯舟を使用していた。
「あ゛~~生き返るぅぅぅ」
手を思う存分には伸ばせない閉鎖型湯舟だが、湯に漬かれるのは至福!
男性飛行士は気持ちよさが口から洩れて来る。
女性の竹内飛行士も風呂は好きだが、彼女はいつ入ったか悟らせない。
男性ばかりの宇宙船にいるから、そういう癖がついたのかもしれない。
「そういや、アントーニオ料理長はシャワーだけだよな。
イタリア人なのに風呂が嫌いなのかな?」
橋田船長の疑問に、古関副船長が呆れ気味に回答する。
「イタリア人と古代ローマ人は違いますって。
テルマエ作って湯舟に浸かるのが好きなのは古代ローマ人です。
今を生きるイタリア人は、そんなに風呂好きじゃない筈ですよ」
「いや、水道が整ってるのに、勿体ないな」
「……ローマ時代の水道と近代の水道は違いますからね。
迂闊な事言ってると、室戸さんに怒られますよ」
専門外では意外にとぼけた事を言う橋田船長であった。
水が使える、気分的にそうなった事でコーヒーを飲む習慣も戻って来た。
節水生活から変わり、日本人の「自由に飲み食い可能」という空気は外国人にも何となく伝わる。
食事のリクエストで、遠慮が無くなり、肉のリクエストが増える。
羊肉のリクエストが多い。
イスラム教は豚肉がNG。
ユダヤ教も豚肉がNG。
ヒンズー教は牛肉がNG。
オージーはラムの輸出国。
そして、第一次短期隊の時、イスラム教徒が多かった関係でハラルの羊肉が送られて来て、今でも冷凍保存されている。
むしろ積極的に使った方が良い。
ラムチョップやラム・ファヒータ、ラムケバブ、ラムシチュー……。
そしてアントーニオ料理長イチオシは
「ラム肉のステーキ・ウンブリア風デース!」
料理長が、第一次長期隊のベルティエ料理長のメモ、無重力で上手くステーキを焼く方法をマスターし、会心の作となったものである。
残念ながら日本人が
「何度もステーキは胃にもたれる」
と好まなかったのだが、外国人飛行士たちは喜んで食べまくる。
ラムは仔羊の肉で、癖が無い。
だが羊肉はラムだけではない。
大人の羊の肉であるマトンがある。
これは特有の匂いがあり、苦手な人も多い。
それを上手いアクセントにすべく、香草を使って料理したりする。
このマトンも、以前のものがストックとして残っている。
日本人は余り食べないから、こういう時に消費するのは良い事だ。
ではあるが橋田船長はやはり注文をつける。
「君たち、風呂とは言わないがシャワーと歯磨きをする事がマトン解禁の条件だ。
心なしか、肉が多くなって来てから臭いが強くなって来た気がする。
(はっきり言えないが、特に口臭の方な!)
シャワーと歯磨きくらいなんて事は無いだろう?
頼むから、そうしてくれ!」
外国人ミッションスペシャリストたちも、内心どう思ってるかはともかく、従った。
かくして宇宙ステーション内の臭い問題は解消されるのであった。
連休なので、18時にもアップします。




