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生け簀??

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

第三次長期隊が宇宙に上がる時、種子島の漁師さんから

「俺っちの捕った魚、お宅さん買ってくれねえかい?」

と言われ、大量の生魚が食糧として宇宙に来た。

これらは当然生きてはいなく、血抜きの他、日本ならではの処理である神経締め(ワイヤー状の専用器具で魚の脊髄を破壊し、死後硬直を遅らせる)をしたものであった。

それでも生物をずっと保管というのは出来ず、第二次長期隊の石田船務長と今のアントーニオ料理長とで料理し、または干物としたりして腐らない内に食事、もしくは加工した。

その時期「こうのす」には生け簀は無かった。

予定はあったが、後回しになっていた。

幸い石田船務長もアントーニオ料理長も魚料理には定評がある和食とイタリア料理の料理人だった為、問題無く消費出来た。


水処理モジュールは生け簀ではない。

基本的に

・排水の再処理

・機械的な排水再処理以外で生物を利用した水と空気の浄化実験

を目的としている。


機械的な浄水は、遠心分離機で沈殿物(重力が無いから沈殿とは言い難いが)を除去後、汚染水に圧力をかけてろ過し、最終的には水蒸気を再度液化して真水を作るものだ。

原理としては古典的だが、それだけに確かに浄化されたものと安心出来る。


一方の生物を利用しての浄化は、干潟再現や微生物槽を通過させる等、実験の要素の方が大きい。

貝やエビ、水草を使って汚染、別な言い方をすれば栄養分を除く。

重金属のようなものは無理だが、窒素やリン等は生物が処理してくれる。

この貝やエビが増え過ぎないよう、魚による捕食をさせる。

つまりは人間の排泄物から始まる食物連鎖を経て、最終的には飼育した魚を食そうという実験だ。


だが、計画は遅延している。

農業において問題が起きた為、そちらを先にしたのが理由だ。

今は水槽と稚エビや稚貝のみ来て、まだ処理を行える状態ではない。


室戸飛行士は地方自治体の水道局の職員だ。

別に宇宙に来たくて来たのではなく、仕事だから水回りの作業をしに来ただけである。

故に、トイレや風呂の排水と、その浄水設備の立ち上げはやってくれる。

しかし水槽のセットアップや干潟を作る実験は管轄外である。

一応、初日に水槽に水を入れて酸素ポンプのスイッチを入れる事や、地上の浄水設備と同じように微生物槽を通すパイプの接続といった事はやってくれた。

水回りの延長である。

砂や泥を敷き、孵化した稚エビや稚貝を大水槽に移し、水草を植えるという生物に関する事はしない。

その作業は、水耕モジュールの担当者である竹内飛行士が行う事になっていた。

(その他、このモジュールに積み込まれていたコーヒー店やコンデンスミルクタンクは、アントーニオ料理長他が厨房モジュールに移し替えた)


竹内飛行士も別に干潟の研究者ではない。

あくまでも水耕農業で葉物野菜を「生産」するミッションスペシャリストである。

水耕モジュールにも水槽があり、排気を送り、中の水草で酸素に変えるくらいの事はしている。

多少は水回り、水槽系にも詳しい。

土壌農耕モジュール担当は別の菌と触れている可能性もあるし、第一次長期隊から水耕の方は問題無く運用出来ている。

そこを見込まれたという事になる。


とりあえず、水処理モジュールは稼働を始めた。

機械浄水も生物浄水実験も機能し始めた。

室戸飛行士は、しばらくはこの水処理モジュールに常駐して、動作チェックをしてくれる。

ただ、彼にはまだ仕事が残っていた。

コア1と同型のコア2について、配管工事を行うのだ。

コア1とコア2の違いは内装のみ。

宇宙船としての配線、配管、排熱、各種機器の配置はほぼ一緒である。

コア2には、予備のモジュールを接続するだけの駐機ポートが増設されていて、それだけが異なるが、これも通電・通気機能がない接続コネクターに過ぎない。

そういう配線をし直すと大変だったので、ただ単に接続装置だけを置いたものだった。


コア1に連結された水処理モジュールとコア2は遠い。

コア1が故障した時、水処理モジュールをコア2側に連結し、水処理を行う。

「こうのす」は重さの違う様々なモジュールを接続する関係で、頻繁に接続を変更して重量バランスを取っている。

必要なら水処理モジュールは、コア2に近いポートに繋ぎ換える。

その時に改めて工事をしなくて良いように、今の内に配管を換えておくのだ。

竹内飛行士も、水処理モジュールの宇宙ビオトープに掛かりっきりではない。

彼女も、いくら安定しているとはいえ、水耕モジュールの作業があるのだ。

短期滞在隊は少ない滞在期間中にやるべき事が多数ある。

そこで、アントーニオ料理長や橋田船長、古関副船長が手の空いた時に水処理モジュールの監視に当たった。


「ここの大型水槽には何が入るのデショウ?」

アントーニオ料理長が尋ねる。

まだ決まってはいない。

実験用の、宇宙での繁殖が可能、悪い環境でも育つカダヤシのような小魚は決まっているが……。

カワカマス(ルッチョ)にシマショウ!」

「えーっと、それどんな魚?」

「美味しいデース。

 マントヴァの伝統料理デス!」

「生け簀として使うのかい!!」


だが、今のところそれ以外の使い方が無い大型水槽であった。

早く専門の研究者常駐が望まれるところである。

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