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宇宙農業の行方

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「その後、特にお体に異常は有りませんか?」

JAXA職員が石川老先生に連絡を入れる。

「至って健康だよ。

 気を使わせてすまんな」

先日71歳という高齢で、初の宇宙飛行をした老先生は、宇宙では実に健康的に生活を送った。

「自宅の寝床より快適だな」

と言いながらも、ホテルのような個室から朝早く起き(老人だから朝早いんだろ、とか言わないように)、土壌農耕モジュールで自ら対菌服を着て作業を行う。

物理・化学モジュールにサンプル(生物汚染対策済み)を持ち込んで分析もし、プレパラートを作り備え付けの顕微鏡で観察する。

三度の食事はきちんとする。

食べ残しも無い。

風呂も、短期滞在隊の中では珍しく、頻繁に使っていた。

ただ、「ニンジャマスター」と外国人ミッションスペシャリストたちから呼ばれていたのに相応しく

「お先したよ」

と、誰にも気づかれずに風呂を終えているのだった。

研究モジュールに居たり、個室に入っていると周囲の様子に気づきづらい構造とはいえ、気配を感じさせずに諸事終えてしまう。

こんな感じで、宇宙ステーションでは誰にも迷惑をかけず、飄々と過ごした。


老先生が体調を崩したのは、地球帰還後である。

アメリカ民間宇宙船を使った短期滞在隊は一回アメリカに収容された。

無菌室のような宇宙ステーションに居たのだから、検疫的には問題は無い。

そこからミッションスペシャリストたちは日本経由で帰国するのだが、老先生は引き止められた。

大統領が異例の招待を行い、やたら宇宙での生活や、健康上の事に付いて詳しく聞いて来る。

その後はアメリカメディアのインタビューが続いた。

一週間遅れで日本に帰国すると、日本でも同じ事が待っていた。

やはり、やたらと宇宙での健康について具体的に聞いて来る総理。

政治家先生たちもやたらと会いたがる。

マスコミの取材もアメリカ以上に多い。


そんな中、目眩がすると言って取材と政治家への表敬訪問をキャンセルする事が起きた。

緊張が走る。

やはり宇宙生活は老人には厳しかったのか?

いや、帰国後の多忙な日の方が影響を与えたのか?

兎に角、人生の先輩に当たる人でもあり、政治家先生や知事も会談を遠慮し始めた。

マスコミの取材も自粛する。

代わりに

「やはり宇宙に行かせるべきではなかったのでは?」

と責任者の秋山へ質問の形をした批判が向かう。


「秋山さんには悪い事したね。

 もう体調は全く問題無いよ。

 元々大したことは無かったんだが」

「そんな事も無いでしょう?

 疲れが出たのだと思います」

「ふむ、君は僕の病気が何なのか分かるのかね?」

「いいえ、医者からの診察結果はまだ聞いておりません」

「医者に見せておらんから、分かるわけが無い。

 この病気の治し方は簡単だ。

 何の病気か教えてやろう」

「はい、伺います」

「仮病、と言うのだ」

「は?」

「仮病だよ。

 症状は僕にしか分からないし、いつ治るかも僕しか決められないのさ」

そう言ってカカと笑う。

毒に当てられたような職員に電話越しで

「だから秋山さんには悪いな、と言ったんだ」

そう話す。


「それで、宇宙での土壌農耕についてのご意見も伺いたいのですが」

老先生の本業についての質問だ。

これに対し、老先生の回答は明確である。

「今のまま進めて良いでしょう」

「以前言った苗代を人工重力環境に置いて育てた後で植え替えれば、

 このままの調子で特に問題無いと考えます」


そもそも幾らか問題が出始めたから、プロを送る事になったのだ。

それに対する回答が「問題無い」は、説明を要するものだろう。

「あれは野菜が環境に適応しただけだ。

 予想はついたが、あんな短期間で遺伝子変異は起こしていない。

 つまり野菜が変わった訳ではない」

更に続ける。

「君たちは人工的に環境を用意したようだが、

 野菜の成長まで思い通りに出来ると思ったかね?

 野菜も子供も、親の敷いたレールの上からは逃げ出そうとするものだよ」

「いや、そういう事は考えていません。

 連作障害とかそういうものは起こり得ると考えていまして」

「連作障害とかではない、生物の環境適応ってやつだ。

 連作障害は土壌が細菌の作用でおかしくなって発生する。

 そして土壌の調子を元に戻す作物を植えれば対処出来る。

 だが今回のは、土壌も確かにおかしいが、野菜が自らをおかしくしている。

 荒地で育つ野菜に、肥料や水を多く与えると障害を起こす。

 それを繰り返すと、余分な栄養素を吸収しないよう根を張らなくなったりする。

 人間に『可能な限り地上と同じ環境を』と言うならば、野菜にも同じ環境を用意するべきです。

 それが無理なら、せめて種から芽を出して苗になるまでは、地上の環境を再現した方が良かろう。

 あとは今のままで良かろう」

そこまで言ってから

「まあ、仮説だがな」

と言って職員をずっこけさせる。

「たった二週間で最終結論なんて出るものか。

 だが、僕も長い事勉強して来たからねえ、その経験から大体の予想は着いたよ。

 おかしな細菌や線虫等もいなかった。

 だから野菜が自らやったものと考えた。

 考えてもみ給え。

 植物というのは、この地球の環境を太古から変えて来た生物なのだよ。

 宇宙ステーションの人工的な農場の環境を変えてしまうくらい朝飯前だ。

 その変え方が、人間にとっても野菜自身にも合っていないものかもしれないがな」

「なるほど……」

「余り納得はしとらんな。

 まあ、計測器は置いて来たし、僕以外も研究出来るように仲間の大学や研究所にもデータを送るようにした。

 これからは長期的に欲しいデータ、成長を司る物質について分かるようになるから、結論も出るだろう。

 それまでは、僕を信じて今まで通りやって良いと思うよ。

 まあ、発芽段階の事は考慮して置いて下さい」


方向性として、現在のまま計画変更無し、となった。

残る課題は、苗代ユニットをやはり作るかどうか、であろう。

またも議論で揉めるであろう……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 植物の環境管理(ある意味では環境破壊)する能力は人類よりも凄まじいですからね。 何がすごいって、地下資源などを使わずに地表全土の環境を書き換えてしまうのですから。
[一言] 老先生、さすが老練な いつでもなおる病気の有効活用ですね
[一言] 植物と土壌その他の環境条件のお話、興味深かったです。初めてそういう概念に接しました。勉強になります。<(_ _)>(*^-^*)
感想一覧
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