料理の宇宙人
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第一次長期隊に参加し、晴れて「人類最初の宇宙での料理人」となったベルティエ氏は、フランス帰国後に一躍時の人となった。
多くの雑誌やテレビ局でインタビューを受ける。
だが、社会は残酷だ。
ブームが去ると、彼は仕事探しをしなければならない。
フランスの料理界で、宇宙での仕事は経歴として別にプラスにはならないのだ。
それに昨今の流行病で飲食業界は苦しい状況にある。
新規で店を開くという選択肢も無い。
しかし「人類初の宇宙料理人」は、それに抜擢された応用力の高さを発揮する。
彼は幾つもの「無重力ならではのフレンチ」を開発した。
網脂を使って、中に脂や肉汁を閉じ込める手法。
無論これは古くからある方法なのだが、彼は無重力の全方位から加熱する状況に合わせて調整した。
これを更に改造し、オーブンや電子レンジで加熱する過程で料理が進み、食べる時に最もジューシーになる料理を開発する。
それを料理の宅配ビジネスで売り出す事にした。
この手法は、実は古典的でもある。
フランス料理には膀胱包みという手法がある。
ナポレオンの頃の外務大臣タレイランに仕えたアントナン・カレームという料理人、彼が活躍した頃のクラシカルな料理法だ。
豚の膀胱を洗って乾かし、その中に食材を詰めて煮る。
煮上がるまで、中の様子は分からない。
膀胱でなくても、パイ皮包み、乞食鶏、奉書焼き等、見えない素材で包んで蒸し焼きにし、匂いや蒸気を閉じ込める事で味を深める手法はある。
それに比べれば、網脂と中の具材、コンフィ(油漬け)や煮凝り、ラード等を使って油を染みさせ、それによって料理するのは分かりやすいと言える。
分かりやすい分、購入した素人でも説明書通りにオーブンやレンジに入れれば料理が出来る。
(膀胱包みとかは、素人が手を出せる料理法ではない)
こうして細々とネットを使った料理プロデュースと、レストランやホテルへの就職活動を始めたベルティエ氏に対し、フランスでない国が目を付けた。
アメリカである。
アメリカと日本は、インスタント料理、レトルト料理が好きである。
まあ、元祖インスタント料理とも言える缶詰めを発明したのはナポレオン時代のフランスなのだが、フランスはきっちりした料理志向である。
アメリカは、宇宙での食生活で日本に先を行かれたと多少焦っていた。
「宇宙大国のアメリカが、コーヒーを飲みたいと他国の宇宙ステーションに立ち寄る等、屈辱だよ!」
NASAの長官はそう言う。
「何のためにスペースエスプレッソマシンを作ったというのだ!?」
ニューヨークのレストランが
「宇宙での料理法を活かしたメニューをお願いしたい」
と頼む一方、食品会社は
「デリバリー可能で、我が国の説明書も読まないような馬鹿でも作れて美味しい料理を開発して欲しい」
とプロデュース契約を結び、NASAや極地研究所では
「宇宙での経験を伝えて欲しい。
我々の新しい食事の開発において、アドバイザーとなって欲しい」
と外部協力をする事となった。
「まあ、第一希望のレストランで、多少アレンジはあるが、正統フレンチを作って良いのだから、
他の時間では協力しようじゃないか」
とベルティエ氏も前向きであった。
一方、第二次長期隊で料理担当を引き受けた石田さんは、就職活動は不要だった。
大学生協運営の学生食堂で調理をしていたのを、無理を言って引き抜いたのだ。
本人の希望で元の職場に復帰したが、そこは普通に受け入れてくれた。
流石は生活協同「組合」、労働者を簡単にはクビにしないようだ。
ちなみに JAXAでは、石田さんが残してくれたメモが非常に参考になり、今後の宇宙での食事を考える上で役立つ為、非常勤での役職だけ与えて、本人の希望通りに復職をさせた。
まあ、引き止める権利は無いっていうのもあるが。
復職先は大学生協だけに「宇宙に行って来た一般女性」という事でキャンペーンも打つ。
しばらくは学食で「宇宙でも食べたお粥」や「宇宙ステーションのお吸い物」等の弁当メニューも出された。
通いの学生を減らしている今、配達用のメニューも宇宙での食事を参考にする。
ベルティエ飛行士のような、最後の加熱で完成する料理ではなく、お惣菜に近い、地上でも食べられるようなものであったが、栄養バランスと食べやすさに気を使っている。
何よりも「宇宙ステーション内で実際に食べた」という付加価値が付いていて、人気が出る。
また、生協でも石田さん考案の宇宙でも使った便利グッズ(お掃除器具や洗剤少なく洗濯するもの)も売り出す。
これらは学生だけでなく、非組合員価格(ちょっとだけ高い)で一般の注文も受け付けた。
当然、それを漏れ聞いたマスコミが取材に来る。
「辛かったのは、宇宙でもお正月とかひな祭りとか、季節ごとの食事を、と言われた事です」
これで秋山等は批判もされたが、次の話で笑い話として昇華する。
「その季節ごとの食事の中で、バレンタインデーは禁止だったんですよ」
「ほお? どうしてでしょう?」
「女性2人がチョコを用意するとですね、男性4人がソワソワして仕事にならなくならから、だそうです。
散々季節ごとの、なんて言っていながら酷いですよねえ」
記者は笑う。
「でも、結局バレンタインデーはする事になったんですよ。
ほら、地球でキャンペーンやってチョコを送って来たじゃないですか」
「ありましたね」
「あれの一番人気は女性飛行士の川名さんだったんですよ。
もう男性飛行士たちが目に見えてガクっとなっちゃって」
記者はこれで大爆笑する。
こんな美味しいネタ提供ありがとうございます、ってとこだ。
二次隊男性陣の実名は報道されていないが、このネタが披露された事により、心当たりのある男性飛行士は時間差を置いて二度目の屈辱を味わう事になってしまった。
「料理の鉄人」に引っ掛けて「料理の宇宙人」としました。




