フィリピン人ミッションスペシャリストの活躍
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
熱帯低気圧のうち、北東太平洋と大西洋で発生するものをハリケーン、インド洋と南太平洋で発生するものをサイクロン、そして北西太平洋で発生するものを台風と呼ぶ。
今回の短期滞在のミッションスペシャリストのうち、フィリピンから来た彼は気象担当であり、台風は彼の母国に度々大きな被害をもたらすものであった。
フィリピンは静止衛星軌道にある日本の「ひまわり」からのデータを受けられる「ひまわりクラウド」並びに「ひまわりキャスト」を利用している。
地上にも多数のレーダー基地があり、台風の観測をしている。
だが、気象学者としてはもっとデータが欲しい。
フィリピンは多島海国家である。
国全体は東のフィリピン海、西の南シナ海、南のセレベス海に囲まれている。
国内にはパラワン島とスールー諸島に挟まれたスールー海という巨大海域の他、シブヤン海、ビサヤン海、サマール海、カモテス海、ミンダナオ海といった島嶼に囲まれた海を持っている。
これらのローカルな観測を行いたい。
既に2016年にISSの日本観測棟「きぼう」から、フィリピン初の(フィリピン人が設計及び製造を行った)人工衛星が軌道に投入され、2020年の運用終了までに17000枚以上の地球の画像を撮影した。
この衛星には台風観測用のカメラや、海洋プランクトン観測用の多波長イメージャーが搭載され、フィリピンの領域を観測して成果を挙げた。
フィリピンは今回5機の小型衛星を放出した。
本来の割り当ては4機である。
1機は、中東某国との共同運用であった。
実は中東も熱帯低気圧と縁遠い訳でもなく、地球温暖化に伴いサイクロンの被害を受ける事も増えている。
そこで、本格的な熱帯低気圧研究に先立って、共同運用でデータを貰おうと考えた為、1機枠をフィリピンに譲ったのだ。
その為、フィリピンの衛星放出任務はフィリピン人ミッションスペシャリストと中東某国のミッションスペシャリストとの2人で管制とその確認、通信やデータバックアップを行ったのだ。
2人1組で任務を行うのだが、中東系4人に対しフィリピン人が1人でペアとしてはあぶれる。
このコードシェアにより、特に依頼する事も無しに協力して貰えたのだった。
(故に万が一に備えてバックアップ要員として待機していた日本人2人が暇を持て余してヲタトークばかりしていた)
割り当て枠が1機の場合、その1機に様々な計測器を搭載するだろう。
内部容積が限られている為、あれを積む、これを積むという議論が起こる事になる。
だが、作って良いのが5機ともなれば話は変わる。
この小型衛星は極めて小さいのだが、最近はセンサーや演算チップの方も小型化しているから、機能を絞れば結構な事が出来る。
4K動画を撮影出来る市販のカメラが、薄さ8mmだったり、重さ100g未満だったりする。
ちなみに、冥王星の探査を行ったNASAの「ニューホライズンズ」の望遠カメラは100万画素のイメージセンサーを積んでいる。
2021年の市販中判ミラーレスのイメージセンサーには1億2千万画素のものもある。
2006年と2021年(発表されたのは2019年頃)ではそれくらいの開きがある。
もっとも、画素数が多ければ、それだけ送信データ量も増えるし、電力消費も多くなるから長時間運用するとなると、画素数だけで優劣は競えない。
小型カメラ用の1/2.3型(6.2mm×4.7mmサイズ)でも2300万画素というものもあり、重く大きくなる中判サイズよりも小型衛星には合っているだろう。
光学センサー一つとっても、小型化と高性能化が進んでいる。
消費電力の総和と運用期間との兼ね合いで、あえて最新のものを使わない方が良かったりもする。
小型衛星は、余程の事が無い限り10cm立方としている。
この枠は、所謂VESA100規格、パソコン用モニター等に金具を取り付ける際のねじ穴配置を標準化した国際規格と合致する。
このVESA規格に合った小型PCというものも自作出来る。
小型PCは実際には10cm立方より大きかったりするが、要はそれくらいのサイズのものに収まる演算プロセッサからデータ送信装置まで「市販品」で手に入るという事なのだ。
むしろ一番サイズを占めてしまうのが
「運用終了後に地球に向けて落下させる為の最終噴射装置とその推進剤」
と言われるくらいだ。
工科大学や工専で、機能が絞られるなら、作るだけなら様々なものが作られる。
それを振動試験や耐熱(直射日光の高温と日陰の超低温)試験でクリアしたものが宇宙ステーションから放出された。
学生たちが全力で作った衛星が軌道に乗る。
「こうのす」から衛星の情報を見ながら、地上と交信する。
全機能が生きていて、地上の研究機関でデータが受信出来たという報告が入る。
このデータは「衛星が任務に入った」というものでしか無い。
衛星自体を回転させたり、逆に固定で必ずセンサが地上を向くようにしたり、10cmフレームを飛び出して太陽電池パネルを展開させたり、地上からのコマンド情報が「こうのす」の端末にも表示される。
ミッションスペシャリストは最後の仕事、衛星が任務を行う姿勢になったのを確認し、運搬に使用した小型エンジン切り離しコマンドを発する。
「こうのす」のレーダーが、2つに分離した物体を確認。
片方は引き続き計画していた軌道を進む。
もう片方は速度を落とし、高度を下げて地球への落下コースに入る。
地上から、観測データの最初のものが受信出来たという報告が入った。
これにて衛星放出の任務は終了となり、衛星の管制は地上の大学なり工専なりに引き継がれる。
フィリピン人飛行士は、この作業を5回繰り返した。
最後の1つが運用開始され、データ受信確認という報が入った。
これで彼の数日に分けて行われた任務は終了した。
それを見て、中東某国の飛行士が握手を求め、そして言う。
「私の国の最後の衛星、まだ受信環境が整ってないそうです。
……私の仕事はまだ終わっていません……」
国それぞれであった。




