第二次短期隊も訓練大詰め
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
軌道上に第一次短期隊が滞在中ではあるが、6週間後に迫った第二次短期隊も準備は大詰めを迎えている。
応募時期の関係で、第一次短期隊やそれに先立つジェミニでの訓練は、イスラム圏や東南アジアの人間が多かった。
第二次短期隊はアジア系だけでなく、オーストラリアやカナダ、メキシコの飛行士も加わっている。
そして船長はアメリカ人となった。
船長は研究者でもあり、アメリカが使用権を持つ「ホルス」を使用する。
そもそもISSに行ける宇宙飛行士は、博士号を持ち研究経験のある学者だったりする。
アメリカ人が滞在する事で、他の短期隊のミッションスペシャリストも陪席の元、「ホルス」での電波や赤外線、磁場等での観測を行える事となった。
1人参加する日本人ミッションスペシャリストは、水環境・浄水設備の専門家である。
行くのを渋る水道局の人間を、2週間に限って派遣して貰えた。
これには総理の声がかりも影響した。
JAXAだけでは動かなかったのだが、総理から是非にと知事に依頼があり、そこから水道局に話が行ったのだ。
なお、出張手当が莫大なものになる。
その分、宇宙ステーションの配管を調べ、水回りの整備も行う。
「それが仕事です」
と言い、船外活動の訓練も積極的にしている。
「こうのす」コア1及びコア2の外壁を外し、元栓を締め、金属管を外して清掃する。
清掃は船内で行い、再度船外活動で元に戻す。
「私は宇宙はよく分かりませんが、こんな不自由な作業服着て仕事するなら段取りを頭じゃなくて、体に叩き込んでおかねえとダメだねぇ」
同じ作業を1分でも1秒でも迅速に出来るよう、反復練習をする。
第二次短期隊には老先生みたいな、行かせる事に不安がある飛行士は居ない。
それでJAXAもNASAも特に力を入れる事もなく、通常業務的に訓練を進める。
NASAから委託された宿泊施設も、前回の注意と、アメリカ人飛行士が入っている事もあって特に問題は無い。
各国研究機関による小型衛星製作も終了した。
というのも、小型衛星の提出期限は第一次短期隊と大して変わらず、若干遅れは出たものの
「どうせなら一次隊の後から送る衛星と同便、アリアンで一緒に打ち上げようか?」
と軽口が出たくらいである。
「問題は、また食事じゃないですかね」
地上スタッフではそう呟かれている。
「イスラム系4人である程度ジャンルが限定されていた今の短期隊でも、特定の食材の不足が発生したのですから、次はもっと大変ですよ」
「日本、アメリカ、カナダ、メキシコ、オーストラリア、インド、UAEの7ヶ国からか」
「宗教で見れば、仏教1人、キリスト教4人、ヒンドゥー教1人、イスラム教1人」
「まあ仏教の日本人は無視出来るが……」
「えーっと、カナダ人の飛行士はユダヤ教徒らしいです」
「……宗教違うのか」
「あと、アメリカ人飛行士はプロテスタント、メキシコ人飛行士はカトリック、オーストラリア人飛行士は聖公会だそうです」
「聖公会? 何それ??」
「イギリス国教会って言えば分かりますかね?」
「世界史で勉強したなあ。
ヘンリー8世だっけ?
離婚を自由にしたいから宗教改革したとか」
「まあ、国教会と聖公会は微妙に違うようですが」
「で、禁忌となる食事も違うわけ?」
「あ、それは一緒みたいです」
「……じゃあ、キリスト教はキリスト教で一つに扱おうや」
「いや、それは断じてダメです!
僕的にもプロテスタントと一緒の扱いは不本意です」
(こいつ、カトリックの信者か……)
「宗教的に一緒に扱うんじゃなくて、飯のカテゴリーとして一緒に扱うだけです!
仏教だけど何でも食う日本人とキリスト教各派は同じカテゴリー。
ユダヤ、ヒンドゥー、イスラムが禁忌有りのカテゴリー。
その辺は妥協して、面倒臭い人にならないで下さい」
「すみません、説明してる内につい熱くなりました」
「えーと、ヒンドゥー教が牛肉ダメ、イスラム教が豚肉ダメ、ユダヤ教も豚肉がダメで、その他に
『牛肉とチーズ』のように組み合わせによってはダメなもの有り。
……面倒臭い、魚介でも食わせておけ」
「ユダヤ教ではタコ、イカ、貝類、甲殻類、ウナギ等の鱗が無い魚がダメです。
イスラム教も同じですね」
「鍋も、豚肉を料理した鍋は使えません。
まあそれは、今回専用の鉄板持っていったから解決してますが」
「いっそ、こっちで用意した真空パックの宇宙食にして貰おうか。
面倒くさ過ぎる。
二週間程度ならそれで我慢して貰いましょうよ」
これに秋山が苦い顔で返答する。
「私も、それは何度も何度も思ったし、提案した。
だが、総理がダメだと言うんだ。
しかも各国の関係者に約束したそうだ。
日本の宇宙ステーションの理念は、宇宙でも地上と変わらぬ食生活を目指しています、
どの国の料理でも挑戦します、と」
「言うは易し……」
「ですが、禁忌有りのカテゴリー3宗教を同時に満足させる食事とか、無理でしょ!
別に彼等は宗教行事をしに宇宙に行く訳じゃ無し、妥協して貰いましょうよ」
「うん、妥協はして貰う」
結局、全ての食事の最大公約数、つまり「どの宗教でも大丈夫」な食材として鶏肉、羊肉、豆類が重点的に補充される事に決まった。
「あのー、もしも次の候補生がベジタリアン……いや、もっと厳密なビーガンだったらどうします?」
「嫌な事言わんでくれ。
だが、ビーガンの宇宙飛行士ってのも可能性としてあるよな。
よし、その時は坊さんをスカウトしよう。
精進料理なら全部野菜だから、対応可能だろう」
本気か冗談か分からない秋山の回答であった。




