物資不足
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アントーニオ料理長は、イタリア料理が専門ではあるが、それに拘らない。
様々な料理に造詣がある。
挽肉を練って、玉ねぎや香草を混ぜて串焼きにする中東料理も作る。
アニメの怪盗とガンマンが食べていたミートボールパスタも作る。
焼き鳥やインドネシアの鳥・串焼き料理サテも焼く。
東欧風のパプリカの肉詰め料理も提供する。
そんなアントーニオ料理長から相談があった。
「実は食材が不足していマス」
「は? 野菜は生産しているし、肉も今回の事を見越して多めに持って来たのではなかったか?」
橋田船長の疑問ももっともである。
食糧の貯蔵計画はきっちり計算していた筈だ。
「その食糧の乗った輸送機がまだ到着していまセン」
「だが、それでも余裕はあっただろ?」
「まずハラル認証を得た肉が尽きマシタ」
「そっち系か……」
イスラム教徒は、豚肉やアルコールを摂取しない。
屠畜も正しい手順で〆た肉しか食べない。
イスラム教は割と融通が利き
「旅先とか病気の時とか、他に食べる物が無い時は仕方ない」
と禁忌食を食べる事も大目に見られる。
だが、そんなイスラム側の融通性を総理が消してしまった。
「日本の宇宙ステーションでは、ちゃんとしたハラル・フードをムスリムの飛行士に提供しますよ!」
これが足枷となったのだ。
「現在持っている食材で、ハラル相当の肉は牛ひき肉だけデス」
「だから練った料理が多かったのか……」
「豚肉なら生ハム、塩漬け肉、挽肉、いっぱい有りマス」
「それ食わせるわけにもいかんだろ」
「あと、ヒヨコ豆デス」
「そんな物有ったのか????」
これはミッションスペシャリストが特別枠で持ち込んだ食材だった。
本来の食事計画には入っていないものだ。
日本人には馴染みの薄い食材である。
ヒヨコ豆は、中東ならフムス(ペースト状にした料理)、ファラフェル(コロッケ状に揚げた料理)等の料理として食される。
イタリアには古代ローマの頃からあった食材で、アントーニオ料理長はイタリア料理のランピ・エ・トゥオニ、パスタ・エ・チェーチという形で提供した。
「へー、そんなもんか……」
(いかん、そう言われても、どの料理がそれなのかさっぱり分からん)
橋田船長みたいな代表的イタリア料理くらいしか知らない人には「マカロニと豆を一緒に煮込んだ料理ですよ」くらい言えば良い。
「13人分作ったら、あっという間に無くなりマシタ」
「そりゃそうだな」
「彼等は喜んで食べてイマシタ」
「そりゃそうだろうなあ」
「これからはもう無いとか言えマセン」
「いや、言おうよ。
彼等もグルメでここに来たわけじゃないんだし」
そうは言いながらも、好物が急に消えてしまう寂しさを思い同情してしまう食い気人種の日本人である。
(そういう事にならないよう、最初から出さない方がまだ良かったかも)
他にはオリーブオイル、ゴマ、長粒米、そしてコーヒー豆の消費が非常に速くなった。
「コーヒーもか!?」
「そうデス」
「連中にサービスし過ぎじゃないのか?」
「確かに13人に増えてから消費ペースが速まりマシタ。
ですが、前任やその前の記録を読むと、今回のチームは6人だったとしても予定より早く枯渇シマス」
「そんなに飲んでるか?」
メンバー的に、夜勤以外は水だった一次隊、お茶好きだった二次隊に比べてコーヒー党が多い三次隊である。
また、コーヒーマシンが使いやすくなったせいで、アントーニオ料理長に頼る事なく自分で厨房に来て、淹れて飲む。
ちょっとした事だが、何人も何回もそれを積み重ねると、気づいた時には大変な事になっているのだ。
「いや、待った。
結構残ってるだろ、ネ〇カフェ」
「インスタントコーヒー飲んでるの、船長だけデス。
皆さん、ミルで豆から挽いて飲んでイマスヨ」
コーヒーの消費が多いという事は、生クリームやミルクの消費も多くなったという事だ。
何故か砂糖の方は皆が気を使って、まだ結構残っている。
「6人生活が13人になると、消費物資に関して再考しなければならないな。
主に嗜好品だがな!」
基本的に実験機材や小型衛星を搭載したヨーロッパ輸送機がついでに持って来る食材は、ハラルの牛肉、羊肉、ブロックと挽肉、ヨーグルトにオリーブオイルくらいであった。
「コーヒー豆が欲しいデス……」
「だから、ネ〇カフェ飲めよ。
あれ美味いだろ」
「美味しいカプチーノ飲めなくなったら、船長、反乱起きますヨ。
船長、ウィリアム・ブライのようになりますヨ」
「いや、宇宙ステーションで『バウンティ号の反乱』やっても、どこにも行けないだろ」
だが、乗員の士気の為、橋田船長は地上に臨時の食材輸送を申し出る事にした。
地上にて:
「えー、『こうのす』から食糧輸送要請。
コーヒー豆、ネ〇カフェ、シロップ、生クリーム、デーツ。
あとコーヒーフィルター。
……いつから『こうのす』はスターバ〇クスになったんだ?」
「他にもハラル食材の追加が何品かある」
「これの為にHTV-Xを調達する余裕は無いですよ。
予備機組み立てて、荷物詰めて、打ち上げて、到着する頃には短期隊帰って来てますよ」
「要請は無視した方が良いでしょう。
宇宙に遊びに行ってるわけじゃなし、我慢して貰いましょう」
「いや、嗜好品を制限すると叛乱が起きるとか書いてある」
「何の冗談だよ……」
「『私はブライ船長にはなりたくない』だと」
「いやいやいやいや、有り得ないから」
だが、異常な地獄耳なのか、勘が働くのか、総理から秋山に電話が入る。
「もしも、中東の飛行士たちが食事で困ったなら、助けてあげて下さいね。
宇宙でも出来る限りの日常を、っていうのがテーマでしたよね」
「……あくまでも日本人の日常です。
ムスリムの日常までは想定外です」
「とにかく、食事は一日の活力の元です。
ここで不満が出る事は避けなければなりません」
かくして、その日は深夜まで話し合った結果、季節的に種子島と内之浦は使えないから、射場を変えた上でイプシロンロケットの速達で送る事となった。
「こうのす」を「バウンティ号」にしない為に……。




