やる事無くて大変だったり、やる事あり過ぎて大変だったり
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
短期滞在隊第一陣が宇宙ステーション「こうのす」で生活を始めた。
宇宙初日と二日目こそ醜態も見せたが、流石は各国から選抜された技術官僚、任務はきっちりこなす。
だが、任務自体に問題があった。
それは同じ分野が4人なのに対し、観測装置はコア1のものしかない事である。
本来なら、地球観測ユニット「ホルス」で電波観測をしつつ、
多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」から小型衛星の放出とその管制演習、
コア1では自国への放送や船外活動をして、残り1人は休憩で良かった。
ギアナ高地の気象の問題で、小型衛星や船外の枠に取り付けるその国の観測装置を乗せたアリアンロケットの打ち上げが延期になっている。
仕方ないので、測地系の4人と気象学の1人は、コア1の光学システムを使って地球観測をしている。
こうなるとローテーションを組んでバラバラに教えるよりも、全員集めて機器をどう端末から操作するか、データを送信する設定等をレクチャーした方が効率的だ。
その後は各自がPC端末を使って観測の真似事をしているが、個室に籠りっきりなのも嫌なようで、宇宙ステーション内をうろうろしている。
「段取りが悪いなあ」
宇宙ステーションの責任者・橋田船長と古関副船長がボヤく。
長期隊と短期隊を同時に滞在させるのは今回が初で、上手く物が届いていなかったりと、地上運用スタッフも慣れていない。
手配はしているのだが、手配通りに物事が動くとも限らない。
そうなると、同じ分野4人というのは機材の取り合いみたいになってしまい、都合が悪い。
かと言って、違う分野を6人(定員7人中1人は船長)揃えても、「こうのす」にそれだけの観測や実験装置がある訳でもない。
この調整は、来てしまった後ではどうにもならない為、地上でしておく必要がある。
地上スタッフからは、各国の大学や公共放送との通信を前倒しして行うよう指示が入った。
放送用のスペースはコア1に在る。
結局コア1の出入りが多くなる。
コア1には他にもトレーニングスペース、食堂、男性用トイレ、風呂、船外活動(宇宙遊泳)用のエアロックが在る。
豪華居住モジュールはコア2に接続されている。
重量配分的にそうしていたのだが、ここからコア1に行く為にはコア2を通過する。
コア2も中々大きいモジュールである。
「接続についても無駄が多いね」
橋田船長と古関副船長、そして短期隊の森田船長(宇宙ステーションの立場では副船長補佐)が話し合った。
コア1には現在、
・土壌農耕モジュール「でんえん」
・厨房モジュール「ビストロ・エール」
・多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」
・船長個室・旧「こうのとり改」
とジェミニ改が結合されている。
コア2には現在、
・水耕モジュール「かるがも」
・科学実験モジュール「おうる」
・観測モジュール「ホルス」
・新型居住モジュール「ビジネス&リゾート・オービタル・シリンダー」
とジェミニ改、そして民間宇宙船の2機が結合されている。
「新型居住モジュールを、コア1に移すか。
代わりに第一艦橋をコア2に移して入れ替える」
「第一艦橋?」
「ああ、すまん、『こうのとり改』の事だ。
ほら、英語で交信する時に船長をキャプテンって言うだろ?
だからつい、艦長気取りになって、あそこの部屋を艦長室と言ったり、司令部と言ったり、第一艦橋と言ったりしてしまって……」
「まあ、気持ちは分かります。
それはそうとして、船長室はそんなに重くないですよね?
『でんえん』『ビストロ・エール』は重いモジュールで、バランスを取って対角に繋げてます。
『うみつばめ』はそれ程重くは無いですが、これから来る輸送機とドッキングしたら相応の重量になる。
これに新型居住モジュールだと、コア1側が重くなり過ぎませんか?」
古関副船長が危惧する。
「重くはなるが、しばらくコア1とコア2を動かす姿勢制御は無いから、大丈夫だろう。
回転軸的にはむしろ安定するな」
「こうのす」はコア2を前に、コア1を後ろにした形で軌道を回っている。
この時、コア2とコア1を結合した1つの大きな円筒がバーベキュー航法として回転しながら進んでいる。
この為、回転軸がぶれないよう、周囲に結合しているモジュールはバランスが取れた方が良い。
「こうのす」は低軌道を周回している為、最上部の大気との摩擦で速度を失い、徐々に高度を下げている。
その為、高度を回復する為にコア2とコア1の推進機を使うのだが、この時の姿勢制御ではコア2とコア1は重量バランスが取れていた方が良い。
高度回復噴射は割と頻繁に行うのだが、丁度新型居住モジュールとのドッキング前に終わっていた為、この後二週間は必要無かった。
そういう事情だったので、3人の話し合いはその線で決まった。
地上スタッフにもその旨報告し、地上の秋山たちも検討して、モジュール入れ替えが承認された。
古関副船長がロボットアームを使ってモジュールを外し、置き換える。
「大変そうだねえ」
「ですねえ」
「まあ、こっちはこっちでやる事多いし、手伝える事も無いから作業続けようか」
「……先生、一体何枚、標本作るんですか?」
「まあ作物一種につき三百枚ってとこだね。
成長の過程ごとに組織の一部を採集するから、それくらいにはなるかな。
根、茎、葉、成長点の前後、さらに花や実。
試薬を変えて分析にかけるから。
あと遺伝子とかも調査するし」
「……今までの『でんえん』での作業は趣味の農業だって事が分かりました。
今やってるのが科学なんですね」
「いや、その前段階。
単なる資料採集だよ。
分析と考察はこれが終わってからになる。
あと、輸送機が来たら追加の実験もするから」
こっちはこっちで大変であった。




