短期滞在組打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
いよいよ7人の第一次短期滞在隊がアメリカから打ち上げられた。
船長は日本人の森田飛行士。
宇宙は4回目となる。
ジェミニ改での訓練飛行が、自らが訓練生の時と船長としての2回。
その後、再訓練を経てソユーズ宇宙船に乗り、ISSまで往復を経験。
(交換要員と共に帰還するまで数日はISSに滞在)
残り6人はミッションスペシャリストである。
注目は農学の退官した老教授・石川先生、御年71歳。
現在発生している「宇宙での農耕」での問題について、大体の対応策はあるのだが、データを取る為に様々な計測装置、試薬、植物用の棚等様々な物を運び込む。
2週間という短期滞在だが、彼が地球に帰った後でも継続して必要なデータを得られるようにするのだ。
ミッションスペシャリストと言いつつ、お試し飛行士に近い他の飛行士と違い、ISSの方に派遣されてもおかしくない学者である。
……年齢と、そこから来る健康不安がネックなだけで。
他の5人は全員異なる国籍の技術官僚である。
学歴的に修士課程、または博士課程を修了し欧米のどこかには留学経験がある。
理系の人間で、学生時代には研究経験もあるが、その後は官僚としてキャリアを積んでいた。
5人の内、4人はイスラム教徒であった。
これは日本の総理が声をかけた国で、ISSに深く関わっていなく、王族中心の決定が速い国から飛行士の候補者を派遣したからだ。
もう1人、フィリピン人飛行士はキリスト教徒である。
彼は気象関係の官僚だ。
「気象衛星が有るのだから、わざわざ官僚が宇宙に行く必要ないだろう」
という批判もあったが、大統領の一存で決まった。
まあ大統領の思惑通り、宇宙や宇宙から地球を観測する系の大学や高等専門学校に若者の志望が増えていっているが。
3人は中東出身である。
測量畑の人間で、宇宙からの油田・油井探査が目的であったりもする。
しかし、彼等を宇宙に送った一番の意図は
「国の威信の為と、将来を見越して若者が科学に興味を持つ為」
であった。
もう一人は南アジア出身で、災害の度に地形が変わったりするから宇宙測量は重要だった。
だが、それでも彼等が観光客同様の立場なのはアメリカに理由があった。
アメリカが作成しフェーズ3で「こうのす」とドッキングしたモジュール「ホルス」が測地・地球観測には適している。
しかし、このモジュールを日本は勝手には使えない。
ISSの日本モジュール「きぼう」が、ISSの居住モジュールを運用しているアメリカが100%自由に利用出来ないのと同じ事である。
「きぼう」の場合、日本が51%、アメリカが46.7%、カナダが2.3%の利用権を持っている。
カナダはロボットアームを提供している為、利用権が得られているのだ。
「ホルス」に関しては、アメリカが65%、日本が32.5%、カナダは2.5%の利用権と決められた。
「きぼう」と日米の順が逆なのだが、アメリカの比率が高いのは「こうのす」の管制や人員輸送についてのアメリカの貢献比率が高いからだ。
カナダはやはりロボットアームの提供に依る。
日本にも3割以上の利用権があるが、アメリカはそれに対し
「日本人、もしくは日本が推薦し、かつアメリカも承認するISS搭乗資格を有する宇宙飛行士」
という条件を付けた。
この「アメリカも承認する」が中々の問題である。
5人のミッションスペシャリストについて「機密保持」と「能力不足」を理由に利用を許可しなかった。
これだと完全に「ただ滞在するだけ」の「お客様」になってしまう為、別の滞在メニューを用意する。
コア1にはフェーズ1の時に取り付けられた地球観測や天文用のカメラ、センサーがある為、これを利用しての地球観測となる。
また、過去にもやったように、各国の大学や工専が作成し、選抜を通った小型人工衛星の射出と宇宙ステーションからの管制を行って貰う。
この小型衛星は、後で欧州輸送機に乗せられて打ち上げられ、多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」にドッキングして持ち込まれる。
そして、そのまま「うみつばめ」の射出機能を使って、望む軌道に投入される。
アメリカはこの小型衛星の管制については協力を約束した。
「という事で、短期滞在隊はいつも通りの本国との通信や簡易宇宙実験、まあ子供向けのサービスの他に
コア1を使った光学メインの測地実習、人工衛星投入、その後の管制の練習、
船外活動……まあ単なる宇宙遊泳だが、それらがスケジュールとして入っている。
コア1と『うみつばめ』の方で人の出入りがあって、ちょっとバタバタするが諸君は気にしないように」
橋田船長は他5人の長期滞在チームにそう告げた。
「私はコア2に住んで、コア2接続の水耕モジュール勤務だから余り関係無いですね」
「自分は外国人よりも、石川先生の相手の方がしんどいっす。
うちの研究分野ではかなりの大物ですよ。
本当、どうして宇宙まで来るんだろう……」
「任務の為、モジュールに詰めっぱなしだから、飯時と寝る時以外コア1に居ないわけですからね」
「……君ら、トイレ、風呂、トレーニングはどこでやるんだ?
コア2を使ってる三善さん(水耕担当・女性)はまあ良いとして、だ」
「あ……」
「あと、今もそうだが君らが手に持っているのは何だ?」
「コーヒーです」
「カプチーノデース」
「……細かい話は置いて、アントーニオ氏の腕が良いのもあってコーヒーが良く飲まれてるよな。
今度来る7人もコーヒーが好きなんだ。
そして『こうのす』にはコーヒーマシンは1機しかない。
つまり……」
「取り合いになるのですね、分かります」
「……インスタントコーヒーをパックに入れて、熱湯入れれば飲めるじゃん」
「副船長はそうして下さい。
アントーニオ料理長、我々には美味しいコーヒーを!」
「カプチーノデース」
「ともかくだ、明後日のドッキング以降うまくやるように」
いよいよ6人から13人に増える宇宙生活が始まる。
アメリカでスペースシャトルが現役であった時以来の大人数での宇宙生活となる。




