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オンライン化はしたがやはり書類社会

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

川名、岡村両ミッションスペシャリストは、様子見の数日を経て、本州に戻った。

しばらくは、つくばの研究施設周辺に宿を取り、そこで生活する。

別に自宅に戻っても良かったが、昨年から続いている流行病のせいで、自宅のある地域の方が「戻って来るな」状態になっていた。

しかし、別に自宅に戻って会社や大学に顔を出さずとも、忙しい事は忙しい。


専ら食糧生産と、JAXAが一回集約してから実験を依頼していた水耕の方は、窓口が依頼元のJAXAと川名飛行士を送り出した某研究企業だけだから、忙しさも中くらいである。

彼女はきちんと研究資料をまとめていたので、今更バタバタする事もなかった。

それでも、読んだ資料から再質問が入り、現場の状況説明や対応策を求められたり、共同研究の申し出に対する返答について上司と相談したりする。

「報告・連絡・相談」は欠かせない。


岡村飛行士の方は、物理・化学と広範な研究を代行していた為、それぞれに回答せねばならず、滅茶苦茶多忙となっていた。

普通「物理・化学」等という曖昧な研究分野は存在しない。

物性についての実験が、両者重なる部分であろう。

ある素材について、強度や弾性、伝導性、耐久性を調べるとする。

物理学的な物の見方と、化学的な物の見方がある。

必要なデータも両者で、重なる時も有れば、異なる場合も有る。

求められた実験を、その実験結果の生データを送っている。

送られた生データは、一旦JAXAのサーバに蓄積され、JAXAが認証を許可した研究者がアクセスしてデータを自分たちの機関のコンピュータにダウンロードして、そこで分析を始める。

そういう意味で、既に実験したデータは提出済みだし、そのデータについてとやかく言われる事もない。


だが、岡村飛行士が宇宙に行って4ヶ月が過ぎた。

修士論文級なら2本くらい、博士論文も1本まとめられる時間が過ぎている。

早い時期に送ったデータについて、人によっては論文を一本草稿まで書いていた。

岡村飛行士は実験担当で、共著者という形で名前が書かれる。

その論文草稿が送られて来て、自分のやった内容に誤りが無いかを確認する。

また、後半で送ったデータについては、同様の「やった内容」について岡村飛行士の「大学院所属者」としての論文を必要とされた。

一応、大学院の出席に替える為、日報や成果報告は入れていたが、入れて終わりではない。

質問されるし、修正を求められる。

大学院だけの事なら、ぶっちゃけ出席日数とか単位とかどうでも良いのだが(休学しまくってても、論文がまともと見られ、指導教官が良しと言えば学位取れるから)、科学研究費を複数から貰っていたりすると、そこへの報告文が重要になる。

国の機関だと、審査が厳しい。

「何時、何処で、何を、誰と、どうしていたか」をしっかり書かないと、辻褄が合わないと容赦なくツッコミが入る。


余談だが、科研費を申請した際に出した出張費について誤魔化す為、その日1日「自分は大学に居なかった」という事で自室の電気を絶対につけず、食事も中で取って出張している体を取った「科研費詐欺」をした准教授とかもいたりする。


岡村飛行士の場合、何処は宇宙ステーションだから誤魔化しようも無いのだが、同行者に「ちゃんと居ました」という署名も必要とされ、井之頭船長や地上の秋山の証明を得たりした。

報告書が必要なのは、企業を休職して参加した川名飛行士も同様だが、こちらはここまでガチガチの形式主義ではない。

研究資金を出して貰うという事は、出資者(スポンサー)への報告も義務として伴い、彼等の求める形式(フォーマット)で書類を整える必要があるのだった。



独身生活の2人には、別の手続きもあった。

住居について解約せず、不在期間の家賃はまとめて支払ってあるから良い。

それくらいの手当ては出ている。

電気、上下水道、ガスについて再開の手続きが必要となる。

住居同様解約せずに払い続けていても良かったが、火災や水漏れ事故等を防止する為に一回止めていた。

宇宙に居た4ヶ月だけでない。

その前の再訓練期間1月半と、帰還後も含めれば半年近く「日常的に電気も水も使用しない」状態だった。

まだしばらくは帰宅は出来ないが、再開の手続きはする。


嬉しい忙しさもある。

長期出張扱いかつ、宇宙で自腹を切って何か購入する事はない為、手当が結構な額溜まっているのだ。

南極越冬隊が、夏に行って、冬を越し、次の年の夏隊が帰還するまでの約1年半で

「外車1台買えるよ」

と言ったくらいの手当ては出る。

宇宙飛行士、ミッションスペシャリストも似たようなものであった。

こういう手当、研究費が出るからこその煩雑な日報や研究報告書提出なのだが。

銀行に振り込まれていたのを見て、思わず顔も綻ばせる。

欲しい物を買う為、情報を集め始める。

今すぐ買う訳ではないが、宇宙に居た時は出来ない楽しみに浸る。


「ア○ゾンも宇宙まで配達しませんからね」

という岡村飛行士に秋山は

「配達可能ですよ」

と答えた。

JAXAまで届けて貰った後、小型の物ならイプシロンロケットで、大型の段ボールに入れられた物でもHTV-Xに入れたら配達可能だ。

置き配的になるが。


「だったら教えてくれても……」

「だが宇宙からのクレジットカード決済は禁止ですからね」

余計な買い物をしないように、余計な支払いをしないように、決済画面を表示しないよう宇宙ステーションのサーバはブロックをかけていた。


やはり買い物するにも地上に戻る他ない。

地産地消の研究は進められているが、余剰生産と不足品の購入を宇宙で行うのは、きっともっと先になるだろう。

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