帰還したらしたで忙しい
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
井之頭船長のジェミニ改2は、気象の影響で太平洋小笠原沖ではなく、沖縄海域に着水した。
この海域に回収業務の護衛艦を派遣する為、彼等は1日帰還を延期させられ、微調整の為に宇宙ステーション離脱後も軌道上で数周分待機させられた。
回収された護衛艦で、彼等は特別待遇を受ける。
所謂空母型、平甲板の護衛艦はヘリコプターの運用がしやすいだけでなく、様々な装備もある。
生物汚染対策もしてあり、宇宙飛行士たちはその処置のされた部屋に容れられた。
この大型艦は、食堂も3室ある。
海外に派遣された際の旗艦を勤める為、例えば災害派遣時に「派遣艦隊の司令部」「現地政府との会合」「NGO団体含めた総合的な会合」が同時に開かれても、会議室を3つ同時に使用する事が出来る。
その流れで、3集団がそれぞれ別の食堂で親睦する事も可能なのだ。
ただし、厨房は一ヶ所だけである。
それは、厨房も食堂に合わせて3ヶ所作られた場合、「A室の食事は美味いが、C室はそれ程でもない」と微妙な差異が重大な問題として拡散し、「不味い飯の食堂は嫌だ」と不満を持たれかねないからだ。
だから、どの食堂でも平等になるよう、厨房は1つなのだ(実話)。
宇宙飛行士たちは、用心の為に限られた自衛官とのみの接触で、食堂も1つを借り切って使えていた。
岡村飛行士には飯が美味い。
宇宙生活で、石田船務長の料理に不満があった訳ではない。
ただ、多い糖分は含まれるカリウムが体内からカルシウムを排出させるし、塩分も多いと水と電解質を多く必要とする為、薄味とされていた。
そうでなくとも、石田船務長の味着けは薄味とまでは言わないが、濃いめではない。
女性である川名飛行士には丁度良い味だったので、いまだ大学に研究生として通っている青年男性の岡村飛行士が濃い味付けを好む、それだけの話であった。
だから、重力下で肉体を酷使し、消費したカロリーを補充すべく、カレーであっても蜂蜜(糖分)をがっつり入れて来たり、汗から失われた塩分を補充する濃い味付けの自衛隊食は、濃い味が久々な事もあって美味くて美味くて仕方がない。
一方の川名飛行士には、量が多過ぎるようだ。
この艦は、司令部や政府との通信能力は高いが、一般的な通信は出来ないようになっている。
陸地に近い場所で、甲板上から通信する分には防げないが、それ以外は位置秘匿の意味もあって個別の通信は出来ない。
ミッションスペシャリストたちにとって、この艦が接岸するまでが気楽な時間であっただろう。
彼等は横須賀ではなく、最寄りの種子島まで輸送され、宇宙基地の特別設備であと数日を過ごす。
様子観察である。
ISSと違い、土壌や農作物を生で扱う宇宙ステーションなので、地上に戻ってからの観察が必要なのだ。
宇宙で放射線を浴び続け、変異した病原体を連れて来てはいないかの……。
離島とはいえ、陸地に着いて宇宙酔いからも船酔いからも解放されたミッションスペシャリストの2人は、個人用アカウントに接続して文字の洪水に酔う事になる。
宇宙に居た時は、連絡手段を制限していた。
メールアドレスも専用のものを使い、それを知る者も限られている。
周知のメールアドレスを使うと、そこがコンピュータウイルス感染したり、大量のパケットによってパンクさせられたりしかねない。
ブログに記事を上げる際も、一回別サーバにアクセスして、そこから接続をしていた。
間にサーバを挟む事で、悪意、攻撃から防御していたのだ。
悪意は無くとも、ブログや動画投稿で感想は多くなっていた。
川名飛行士も岡村飛行士も、ただの会社員、大学院研究生であれば大して注目されない日記が、大量にアクセスされ、感想を書き込まれている。
4ヶ月も放置していたメールアドレスに、大量のメールが来ているであろう事は、ブログの感想の件数からもなんとなく予想はしていた。
だが、実際開けてみると凄まじい事になっていた。
攻撃メールは無いとしても、共同での研究申し込みや、得たデータを使いたいという申請、話を聞いてみたいという依頼等、大量だった。
日本語なら良いが、世界各国からである。
(目がチカチカする……)
彼等は英語に慣れているが、英語が綺麗ではない国の研究者が書いた分かりづらい英語メールもあったし、人によっては改行がおかしく読みにくいメールもある。
さらに、研究世界での共通語・英語など知った事かと、母国語でメールを書いて来る者もいた。
その国を代表する研究機関から、ちょっと分野がかぶっているだけの小企業までメールを送って来ている。
悪意は無いとはいえ、分野が似ているようで、実は違うものもあり、
「読むだけ無駄だった……」
となるものもある。
何を考えているのか、企業ドメイン、大学ドメインのメールアドレスでなく、どこで知ったのか個人用のアドレスにメールを送って来たものもいた。
通じるようになったのは、ネット通信だけではない。
電話も通じるようになる。
帰還のニュースは既に報じられた。
大半の人間には興味が無くても、家族・親族・友人たちには一大事である。
着信も嵐のようだ。
そして、年を取った人間程話が長い。
長電話が終わったら、次の電話がかかって来る。
(早いうちに、上司や同僚にはこちらから連絡しといて良かった)
そう思ってしまう。
いまだ宇宙は「当たり前」の世界ではない。
危険な場所に行って来た知人を心配し、特殊な環境での研究は垂涎の的である。
様々な連絡の洪水に、彼等はここ数日溺れる事になるのだった。
……そして井之頭船長は、宇宙船を動かす飛行士であって研究者ではなく、その名も大々的に報道されたりしてない為、悠々自適な帰還後を過ごすのであった。




