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近づく帰還の日

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

第二次長期滞在隊は、12月中旬以降から約4ヶ月、宇宙ステーションに滞在する。

人としては第三次長期隊、宇宙ステーションの拡張としてはフェーズ3は4月初旬スタート予定だ。

そろそろ二次隊の前半組は地球帰還となる。

井之頭副船長と川名飛行士は昨年12月中旬に宇宙ステーションに来た為、4月に第三次隊前半組と入れ替わりで地球帰還となる。

松本飛行士も前半組であったが、土壌農業実験モジュールの作物に現れた異常を調査し、引き継ぐ為に帰還は後半組の岡村飛行士と入れ替えとなった。


「水耕モジュールの方は問題無かったですよね?」

責任者の川名飛行士に問う。

実際、特に問題は無かった。

連作障害系の問題が出ている土壌農業の方に比べ

「成長と葉の繁りが逆に良すぎるくらいですね」

という事だった。

無重力で培養液の栄養をより植物の先まで送りやすいことと、土壌の場合と違って液体だと栄養の偏りが出ない事で、細い茎に大量の葉をつけるようだ。

そして水耕農法で食べるのは葉野菜が多く、実を付けない為、植物の内部での養分のバランスが崩れる事もない。

葉は成長点を残していれば、いくらでも再生する。

「宇宙での食糧生産において水耕農法は非常に適している、

 そういう報告になりますね。

 今のところ大きな問題は出ていません。

 また工場として大量生産にも向いている、そうなります」


可能性として、土壌農法と実をつける作物より、水耕農法で葉を取る作物の方が問題が出るのが遅いのかもしれない。

川名飛行士の任期中には兆候らしきものも現れていないが、この先は分からない。

その可能性も考え、考えられるあらゆるデータを後任に残す。

「問題が有るか無いか分からない。

 有った時に備えてデータを記録する。

 先入観なく、かつ遺漏なく、ありのままのデータ。

 かえって難しいですね」

川名飛行士は実務だけでなく、データを取る事においても優秀である。

それが選抜の理由でもある。

後任が引き継ぎやすいデータ記録の規格(フォーマット)を作り、日常業務(ルーティーン)にデータ収集法も組み込んでおく。


ちなみに、水耕モジュール「かるがも」には成分分析機はない。

化学・物理モジュール「おうる」や土壌農耕モジュール「でんえん」の分析機を使っている。

化学モジュールや土壌農耕モジュールには本来の使用者がいるし、そう広くもない。

お互い邪魔にならないよう、利用スケジュールも調整した。

こういう運用ノウハウも残していく。

さらにコンピュータに、どこに何が書いてあるかという目録(インデックス)を作る。

「こうすれば、引き継いだ人が困らないでしょう」

「もしかして、川名さん、引継ぎで困ったことあるんですか?」

「……嫌な事思い出させないで下さいよ」

前任がドキュメント残さずに退社(きえ)た為、数年経ってから困った事がある川名飛行士であった。


ミッションスペシャリストである川名飛行士が宇宙滞在のまとめに入っている頃、石田船務長は新レシピに挑戦していた。

節約していた食材があるが、それらを使い切ろうとしている。

「お餅、小麦粉、餡子用と節分用の小豆、季節用の食材が結構余っていますね」

「冷凍の肉や魚もですねえ。

 私はあまり料理にお肉を使わないから」

前任のベルティエ料理長のレシピは、肉をふんだんに使うから余らせる事も無かった。

石田船務長も肉料理を作らない事は無かったが、やはりステーキと肉じゃがでは使う肉の量も違う。

宇宙での地産地消という意味では、ステーション内で栽培された野菜や豆類、芋類を使う方が良かった。

そういう任務は達成された。

宇宙滞在も後期になろうとしているから、保存可能なものはそのまま残すとして、使い切らねばならないものもあった。

「生ハムはともかく、冷凍肉や冷凍挽肉は使い切りましょうか。

 次の料理担当はイタリア料理のシェフさんなので、肉はまた持って来るでしょうし」

「生ハム??

 なんでそんなものが?」

「このお台所はフランスが開発して、熟成させた方が良いもの用の貯蔵庫があるんですよ。

 生ハムとかチーズとかワイン用のカーブとかありますよ」

「……無駄に高機能ですね」

「私には活かし切れなかったから、次の料理番に使って貰いましょう」

細菌ではないが、カビを使って水分を奪うやり方なので、ここも生物汚染(バイオハザード)対策している。

石田船務長はベルティエ料理長から使い方を聞いてはいたが、特に使う必要も無かった為、状態確認だけして後任に渡す事とした。

なお、和食・洋食ともに「発酵室」は活躍し、味噌醤油の醸造やパンのイースト発酵など、生物汚染(バイオハザード)対策で手袋を嵌めて作業をした。

農業モジュールにある高圧蒸気滅菌器(オートクレープ)もパン食や味噌汁を作る毎に使用された。


「私もお台所の事を、資料にまとめる必要有ります?」

「改めてまとめる必要はないですね。

 今のメモで良いでしょう」

石田船務長の問いに山口船長が答える。

厨房モジュール「ビストロ・エール」の使用マニュアルは既にフランス宇宙局が作成し、操作ガイドも前任が動画にしていた。

その上で石田船務長は、日々感じた事や、どう使って何を作ったのかを「日記」としてブログ公開している。

それ以上は無理してまとめる事もない、十分な記録であった。


こうして各自、帰還に向けての引継ぎを始めていたのだった。

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