バレンタインデー無きホワイトデー
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「ホワイトデー近いですね」
川名飛行士が男性陣に告げる。
(なんだ、この圧迫感は……)
山口船長は怯む。
「そうですね。
たまには男性陣にご馳走して貰いましょうよ」
石田船務長も続く。
宇宙飛行士は自分の食事くらいは自分でどうにかする。
しかしこの宇宙ステーション「こうのす」は宇宙で極力普通の生活をする為の実験設備だ。
食事は食材から揃えられる。
ゆえに専門の料理主任を搭乗させた。
宇宙飛行士は料理の専門家ではなく、栄養バランスや食材を無駄にしないレシピ、無重力という特殊な環境での料理という事に頭を悩まさない為である。
石田船務長はそういう料理の専門家である。
その任務を放棄したり、ストライキをしている訳では無い。
だが女性2人は結託し、この日だけは男性陣に料理させてやろうと企んでいたのだ。
「厨房棟を使っていいから、たまには男性陣、私たちにご馳走してよ」
「そうよねえ。
折角のホワイトデーなんだからさあ。
男性陣の出来るとこ、見せて欲しいですよねえ」
「え? バレンタインデーで何も貰ってないのに?」
この発言をした岡村飛行士は、何故か「恥を知れ、俗物!」と言われたかのような圧力を2人の女性飛行士から受ける。
(なんか異様なオーラを感じたのは気のせいだろうか?)
「宇宙に進出した人類は、やはり新しい環境に適応し、意思の感知能力が高まるのでしょうか?」
「いや、普通に男女のお付き合いをした事があれば、分かる感覚だよ」
「……それすら無くても、分かるような強烈な圧でしたよ」
「まあ、たまには我々が料理するのも良いかもしれない」
「船長は前向きですねえ」
結局女性2人のリクエストに応じる事にしたのだった。
「我々は、打ち上げ前に閉鎖環境訓練で料理を作っていた。
我々にも出来ない事はない!」
確かに協調性を見たり、閉鎖環境でパニックにならないかを確認する最終選考で、全員が料理当番を経験している。
全員一通りの事が出来るのだ。
「で、何を作るんですか?」
「………………………」
「船長?」
「……………何がいいと思う?」
「それを聞きたいんですが」
「一回整理しよう。
クリスマスはケーキ、
大晦日は蕎麦、
正月元旦はモチ、
正月七日は七草粥、
鏡開きは汁粉、
節分には……何だっけ?」
「豆撒くくらいでしたね。
大豆料理はありましたが。
それと針供養で豆腐料理。
ひな祭りでハマグリにお吸い物。
こんな感じです」
「バレンタインデーとホワイトデーって、特にこれって料理無いですよね?」
「無いっすね」
「基本チョコですね」
「お菓子メーカーの陰謀っすね」
「じゃあ、女性陣は我々に何を期待しているのでしょう?」
彼等は宇宙に進出した人類の一員ではあったが、僅か二ヶ月では石田・川名両飛行士の望むものを察知する能力を身につけるに至っていなかった。
いまだ意思の交感も、前兆の感知も、時も見えないオールドタイプの彼等は、泥臭く確実な方法で解決に挑んだ。
「あの、何か食べたいもの、リクエストありますか?」
「……もしかして、ホワイトデーだからって、特別な料理作るつもりでした?」
「はい」
「そういうの無いです。
単に一日、貴方たちが料理する日があればいいなって思っただけです。
やってくれるだけで嬉しいので、特別な何かはいりませんよ」
(察しろよ!)
と言われているように感じたのは、流石に気にし過ぎであった。
そして彼等は女性の苦しみを知った。
(「何にする?」と母親が聞いた時、父親は「何でもいいよ」と言っていたが、自分がその立場に置かれると本当に何を作ったら良いか想像が働かん!)
悩み始めた男性陣に、女性飛行士は溜息を吐き、
「クリームシチューが食べたいなぁ」
「ああ、良いですねえ。
私はリゾットをリクエストします」
「川名さん、良いセンスですね!」
「いやあ、石田さんのリクエストこそ良いヒントですよ」
「ホワイトチョコは無いから、無理しないで下さい」
後に石田船務長は、最後の一言を「言わなければ良かった」と後悔する。
指針を示された男性陣はやる気に満ちた。
基本、男性の方が凝った料理を作るのだ。
たまにしか料理をしない者ほど、凝る時は凝る。
毎日料理するわけじゃないから、その時に全力を注ぐ。
(逆に言うと、毎日料理を作るようになると、一回一回全力だと長持ちしないし、辛くなるから、食べ飽きず作るのに手間がかからない日常の料理志向となりがち)
無重力での調理器具の扱いに四苦八苦し、
「リゾットって調理した米をスープで炊くんだったかな?」
「それはピラフ」
「焼くの?」
「それは炒飯」
と頓珍漢なやり取りをしながらも、リクエストされた料理を作り上げた。
「はい! 作ったらすぐに鍋とかフライパンは洗う!」
石田船務長が、料理が終わって放心している男性陣に発破をかける。
男性の悪い癖は、洗い物を考えない部分であろう。
結構色んな機材を使って、使いっぱなしだった。
かくしてホワイトデーの男性陣サービスディナーが行われた。
まあまあ、料理に関しては良かった。
ちょっと味付けが濃いところがあり、食材のカットがごつかったりで「男の料理だなあ」とは思うも、それはそれで味としては良かった。
「あと、甘い匂いしてましたけど?」
「よくぞ気づいてくれました!」
岡村飛行士が笑顔で答え、厨房に戻る。
「ホワイトチョコは無かったので、普通のチョコレートですが、どうぞ!」
それはバレンタインデーの時に地上から送られたチョコレートだった。
カロリーや糖分の計算もされる宇宙で、一気に食べるのは禁止であった為、冷凍庫に入れて残っていたものもあった。
そして岡村飛行士は、バレンタインデーに女の子がよくやる失敗をしていた。
市販のチョコは、そのまま食べた方が美味しい。
あえて鍋で融かし、型に入れて作り直すと、大概は作る前よりも……。
女性飛行士2人は、極めてビターなチョコを振る舞われてしまった。




