届け、チョコレート
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
内之浦から予定外のイプシロンロケットが打ち上げられた。
宇宙ステーション「こうのす」にその旨の連絡が入る。
接近する連絡用カプセル。
「なんか、御菓子会社のロゴが凄いですね」
「運搬物が運搬物だからなあ。
それに、メーカーが広告費用を出したから、ロケットを打ち上げられたって事情もありますよ」
イプシロンロケットの強みは、ロケットの組み立てが7日、打ち上げ準備から発射までが3時間で済むスピーディーさである。
同じ固形燃料ロケットであるM-V型ロケットが、射場作業に42日、打ち上げに9時間かかるのと比べ、相当に短縮されていた。
「こうのす」の6人の男女が今後も共同生活する上で、人間関係のギクシャクを防ぐ為に「バレンタインデー」は禁止とされた。
だが、閉鎖環境である宇宙ステーション内で、チョコの受け渡しをするのが危険であり、地上からチョコレートを届けるのであれば問題は無い。
というか、「節分の豆まき」を滑らせてしまった総理が、「よし!」と思いついてしまった。
かくして、臨時輸送用にストックしていたイプシロンの組み立て作業が始まり、同時に
「宇宙ステーションに居る飛行士たちにチョコを贈ろう」
というイベントが急遽始まった。
「1日でサーバ用意して、応募サイト作る方の身にもなって欲しいよな」
とボヤくJAXA職員に対し
「デザインと要項と説明文章を1日で纏めたのは我々だ」
と官邸スタッフが(辛いのはお前らだけじゃない)とツッコム。
この総理の悪い癖で、思い立ったが吉日、速攻で仕様を固めると部下に仕事を振り、最短時間での完了を要求してしまう。
国会運営ですら「総理は拙速」と評される事がある。
自分の意思で決まる事なら猶更である。
無責任に投げ出す訳ではないが、総理自身が動いて形を決めてしまってから仕事をさせる為、かえって質が悪い。
「こんなのじゃ出来ない」と文句が言えないからだ。
逃げ道を塞いでから、日付が決まっていて変更しようが無い仕事を作ってしまう。
その日付が決まっている案件に、スポンサーがついてしまった。
働き者の上司というのは、こういう時に非常に厄介である。
一般企業で言うなら
「私が仕事取って来たぞ!
億の金が動く案件だ。
じゃあ、納期は今月末だから頑張ってね!」
の後に
「タイアップ企業もう一個増やせたぞ。
売上更に増えるから、失敗しないように!」
と、決まった納期の中に仕事を増やし続ける営業のようなものだ。
とりあえず流行病の関係で手作りチョコは禁止。
サイトで申し込み、誰宛てか、トッピングをどうするか、メッセージをどうするかを入力し、支払いを済ませれば宇宙飛行士にチョコを贈れる。
この注文を国内洋菓子メーカーだけでなく、和菓子メーカーも受ける。
世の中、あんこチョコレートというものも存在するのだ。
そして製造されたチョコレートとメッセージを送るのだ。
既に運送会社とのタイアップは済んでいる。
ちょっとした輸送カプセル打ち上げの際、ロケットには運送会社のロゴや意匠がペイントされる。
だが、今回スポンサードしてくれるメーカーのロゴペイントは、ロケットという巨体には間に合わない。
宇宙を航行するカプセルの方にゴテゴテとペイントされた。
「だから、宇宙を飛行する広告を撮影して地上に送らないと宣伝効果が無く、
協賛費も出ないって事だ。
精々色んな角度から撮影してやるとしますか」
そしてカプセルを回収、収納。
与圧室で蓋を開ける。
「あらあら、私にも?」
石田船務長宛てに和菓子のチョコ菓子が入っていた。
男性陣も
「まったく、任務と関係無い行事なんて、迷惑極まる」
という台詞とニヤついた表情がアンバランスな状態でチョコを受け取る。
だが、
「え? こんなに?」
と女性飛行士に「川名サマ!」と書かれた熱いファンレターと大量のチョコレートが送られていた。
社会人経験者で落ち着いている正規飛行士2人は苦笑いだけだが、ミッションスペシャリストの男性飛行士2人は
「……世の中間違っている」
「……やはりバレンタインデー、来年は無しで」
とぶつくさ言っていた。
「まあまあ、大の男がチョコの枚数でくよくよしない!!
さっさと立ち直るッ!!」
「……石田さん、ご機嫌だな……」
「自分も和菓子の他、お茶パックとか貰ってるしなあ」
ニコニコしながら石田船務長が厨房モジュールで何かを作り始める。
その晩の夕食は、特に変わり映えのしない普通の食事であった。
メインは食後のチョコケーキだった。
「こうすれば、皆さん平等です。
さ、分けて食べましょうか」
「ロールケーキですか」
「スポンジを焼くの苦手なんで、薄いの焼いて巻く事にしました」
「チョコクリームにして塗ったんですね」
「これ、クリスマスの時にブッシュドノエルにしたら良かったのに」
「あの時は生クリームあったから。
賞味期限の関係で後回しには出来ないから」
「パウダーを散らせ……」
「ここは無重力だから、ココアパウダーも抹茶パウダーも、振りかけるのは無理!」
面子潰された男性ミッションスペシャリストの機嫌も直り、翌日からまた穏やかな日常に戻る。
美味くて、甘いものは偉大であった。




