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思わぬ短期滞在候補者

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

必要というのは、時に思いがけぬ結果を生む。

短期宇宙滞在で農業系の研究者が急遽必要、しかし3月は忙しい。

そんな中、自分が行きたいという自薦があった。


「この人で、大丈夫なんでしょうか?」

ディレクターの秋山に持ち込まれた履歴書は、彼の時を停止させるに十分なものだった。

「この人、去年退官した大学教授ですよね?」

「その道の権威です!」

「退官後も他の大学で名誉教授になってますよね。

 そちらの方は大丈夫なんでしょうか……」

「秋山さん、衝撃の余り思考が現実逃避してます。

 問題は、研究者としては十分、というか過剰であること。

 そして宇宙飛行士としては年長過ぎる事です。

 ぶっちゃけ、爺さんですよ!」

「君もテンパり過ぎ……」


発端は、宇宙ステーション「こうのす」で起きた栄養異常について、農業系研究員を増員しようと考え、ミッションスペシャリストに応募していた研究職に打診した事である。

論文提出期限や学会発表、転勤や配置換えなどで

「行きたいけど、今は時期が悪いし、なんでもっと早く言ってくれないの?」

という研究者が多かった。

その内の一人が、参考文献を探しに来た大学図書館で、たまたま同じように資料をコピーしに来た恩師と会った。

世間話から始まり、やがて宇宙ステーションの話が伝わる。

「専門知識があり、3月に忙しくない、まさにピッタリじゃないか!」

と言って、打診を受けた助教ではなく、大先生自ら乗り出して来たのだった。


「非常に面白いテーマじゃないか。

 こちらから頭を下げてでも、研究に参加させて欲しいものだ」

面接に来た大先生はそのように言う。

「簡単そうに見えますが、打ち上げは今でも危険ですよ」

「知っとるよ。

 スペースシャトルが爆発した時、テレビで実際に見ていたからな」

JAXAでも若手の職員は、記録映像でしか見た事が無い。

「宇宙ステーションの中は狭いのですが……」

「君たちは大学の寮は知っているかね?

 ああ、今のアパート化した個室の寮じゃなくてな、畳敷きの和室に何人もの学生が住んでいる寮。

 私の時は四畳半に4人寝泊りしていたものだ。

 しかもタバコの煙で空気は悪い、卓の周りには食いかけのラーメン丼とか、酷いものだったよ」

「たく??」

「何だね、君は麻雀卓も知らんのかね?」

72時間青天井完徹麻雀とか、無茶苦茶な事をしていたそうだ。

「まあ、血を賭けた麻雀はしとらんぞ」

そのネタが連載されるより前に博士論文書いて、助手として活動していたそうだ。

「今回の打ち上げは、外国人ミッションスペシャリストが多いのですが」

「さっき言った大学の寮だがね、あそこには誰が住んでいるか分からなくてね」

「は?」

「外国人も住んでおったよ。

 ちゃんとした留学生もいたが、中にはいかがわしいのも居たねえ。

 自治会が強くて、国家の犬が踏み込むのは許さん!とかやっていて、寮の周りにはよく公安がいて出入りする寮生を監視していたもんだよ。

 まあそんな場所で学生時代を過ごしたから、外国人と一緒でも問題ないぞ」

呵々と笑う。

(この人自身が公安の警戒対象とかじゃないだろうな?)

不安がよぎる。

そんな学生生活を送っただけに、風呂トイレは共通でも全く問題無し。

「神田川の世界ですよね……」

当時はあちこちに風呂屋があったのだ。

「待たせる彼女は居なかったがね」


正直かなりのつわものである。

「最高齢の宇宙飛行士は77歳じゃないか。

 それに比べたら、私はまだまだ若いよ」

「健康診断はもう受けて来たからね。

 疾患は一切無し。

 強いて言うなら、土いじりで荒れたこの手かな」

「まあ宇宙放射線病も患っていないし、年齢的には機関長と似たようなものだよ」

「あのぉ、先生……もしかしてそのアニメ……」

「もう学生じゃなかったが、映画館に見に行ったよ」

JAXAの若手職員がひそひそ話をする。

(理系って、ああいう人多いですよね?)

昔の(・・)理系ね。

 今はもっとスマート、というか悪く言えばチャラい感じだよ)

昭和(・・)は濃いっすね)

(秋山さんも昭和だぞ)


拒否する要素が全く無い、断る理由も先手を打って潰して来る為、

「脱出訓練とか、適正試験とかありますから、その結果で判断させて下さい」

「無論、特別扱いなんか求めてないよ。

 私の恩師なんだが、地球の重力測定をする時にB-29に乗ってね」

「へ?」

「安定して長距離を飛ぶ飛行機は、一線を退いたB-29が一番だったそうだ。

 それでも軍用機だから、乗るまでに色々ややこしかったと言ってたよ。

 それに比べりゃ、まあ大丈夫だろう」


自信満々でプレゼンテーションして老教授は帰っていった。

老教授に比べ、遥かに若い秋山がぐったりしている。

「今、政治家やってる人って、あれくらいから、ちょっと下の年代なんですよねえ」

「まあ、若手もいますが、四十を超えて、秋山さんよりちょっと上ですか」

「あの年代、個性が強い……。

 押しが強いし、毒気がある。

 なんか疲れました……」

「……凄く分かります。

 いつもああいう人たち相手にしてるんですねえ」

「エネルギーが凄いんですよねえ。

 どっからあのエネルギー出て来るんでしょうね」

同年代の総理は、かつて似たような質問にこう答えたと言う。

「うん、常々人を食っているから、そこからだよ」


かくしてエネルギッシュな老人も訓練に参加する事になった。

B-29のくだりや、大学の寮の話は、作者が学生時代に聞いた話です。

年代バレそうな……。

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