訓練の前に
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「こうのす」短期滞在チーム選考の為、外国人の候補者が逐次来日している。
規定による隔離期間を経て訓練に入るが、JAXAスタッフの仕事はその前にやっておかねばならない。
閉鎖環境訓練施設を手入れし、食糧や必要な物資を運び込む。
非常時の脱出プログラムを作成する。
各国での予備審査で、高所恐怖症や閉所恐怖症が無い事は確認している。
だが、協調性については実際に宇宙センターの方で確認したい。
普段の生活では協調性があっても、閉所のプレッシャーでイラつく場合もあろう。
そういう部分を見て、ダメだと判断すれば総理案件でも容赦なく落選させる。
まあ、長期滞在で3ヶ月同じメンバーで過ごすのと違い、僅かに2週間だから審査も緩くなる。
滞在も2週間で、する実験も大した事は無いのだが、それでも危険を伴う打ち上げで宇宙に行く。
ジェミニ改ではなく、7人乗りの新型民間宇宙船を使用するが、それでもパラシュート降下や気圧差がある中での脱出、宇宙空間での個人用避難バルーンを使っての脱出は訓練する。
半分お客様待遇でも、いざという時に自分で判断して行動出来るようにしておく。
「訓練プログラムまとまりました」
「NASAにも送っておいて」
「宇宙ステーション滞在と同じ想定で、食糧貯蔵するけど大丈夫?」
「今回は全部ハラール認証のでしたよね?」
色々と忙しい。
この度、ISSの方で活動する宇宙飛行士の募集も始まった。
低軌道を回る、住環境としてはかなり恵まれている「こうのす」に長くても4ヶ月滞在の日本独自宇宙計画用の人員と違い、より高度な実験をし、場合によっては1年近く滞在し、日本人が複数人同時に滞在する事は稀のISS用の宇宙飛行士は、語学力や高度な専門知識を要求される。
逆にいうと、ISSを月や火星に行くような飛行士、高度な研究をするミッションスペシャリストに使わせる為に、それに満たない者の受け入れ先として「こうのす」は今後期待される事になる。
NASAとしては、促成宇宙飛行士訓練(本来半年は訓練するものを1ヶ月程度に短縮する)については自分もチェックをしたい。
英訳版を受け取り、自分たちも過不足無いかプログラム作りに協力する。
これが出来たなら、アメリカの宇宙ビジネスにも反映できる。
ビジネスは回転率が良い方が儲かる。
いかに宇宙ホテルが出来ても、宿泊客に半年も訓練させるのでは割に合わない。
これまでは「それでも良い」という有閑超富豪が大金を出した宇宙飛行を楽しんだが、これからはもう少しハードルを下げ、受注から約1ヶ月で打ち上げ、2週間滞在が出来たら良い。
より短縮した訓練メニューで最低限の自分の危機管理が出来るようにしたい。
その為の先行テストを日本がやっている。
テストをしている上に、日本が金を出すのだからアメリカの公的機関も民間企業も協力を惜しまない。
基本、美味しいとこを持っていけるのだから。
そんなアメリカから、打ち上げに使う宇宙船と実物大の訓練機が届けられた。
まず、JAXA職員がレクチャーを受ける。
「案外狭いな」
「高さがあるから窮屈さは感じないが、長期生活は難しいですね」
「ISSまで2日で行く、単独での運用は最大で一週間ですか」
「しかし、ジェミニ改と違ってメーターや備品がほとんど無いですね。
アレがあると狭く感じるし、移動にも邪魔になる。
でも、なんとなく松〇メーターが無いと、宇宙船って感じがしないような……」
「被弾する度にガラスが割れる音がする宇宙戦艦の話は置いといて、
この椅子とちょっとした操作卓だけの宇宙船からの避難訓練を、まず我々がしないと」
打ち上げ時を想定した耐Gスーツを着込んで、避難訓練を行う。
ストップウォッチを持った職員が、脱出にかかる時間を計り、効率化を追求する。
他の部署からド素人の職員も借りて来て、1回目、2回目、3回目とどれだけ避難完了までの時間が短縮されるかを調べる。
そして、避難訓練は最低何回すべきかを算出する。
こうして1月最終週を迎えた。
プログラムは完成し、関係各所に届けられる。
第一陣の来日飛行士候補が疫病の隔離期間を終え、訓練が可能となった。
「秋山さん、結構職員がオーバーワークでしたよ」
この二週間、特に海外との連絡を必要とする部署は、遅くまで仕事をしていた。
準備段階なので、協力企業から滋養強壮ドリンクの差し入れもない。
「それは買っておきます。
あとボーナスも出るよう図らいます。
ですから、訓練開始までは頑張りましょう」
「……休ませるって選択肢は無いのでしょうか?」
「訓練開始したら、訓練プログラムを作ったチームは楽になります。
だから、あとちょっとだけ頑張って下さい」
秋山は秋山で、派遣国のメディア対応や、派遣国関係機関との連絡、物資購入ルートがいつもと違う為、その業者の素性調査や品質チェックをさせる、といった仕事をしている。
彼は昇進しても暇になる気配が無い。
その上、短期滞在チームだけでなく、第三次長期滞在の方も管理しないと。
管理職って多少暇になってもいいんじゃないの?と思う秋山であった。
……予算増え、人が増えども、比例して、案件も増えれば、リソース不足は変わらず。




