天空のマレーシア料理
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「豚骨ラーメンは食べられますか?」
ハミッド飛行士の発言に、日本人飛行士は飲んでいた水を噴き出しかけた。
必死の訓練の結果、宇宙ステーションの中で水をまき散らす事は避けられた。
「イスラム教徒が何を言い出すんですか!」
話には流れがある。
ある時、宇宙食で最近はインスタントラーメンがあるという話から
「レギュラーってのが醤油ラーメンか」
「シーフードが塩ラーメンを兼ねているのかな」
「味噌ラーメンがあるね」
「カレーラーメンは外国人にも良いかもね」
という話の中に、黙って聞いていたハミッド氏が混ざって来たのだ。
「豚骨ラーメンは有りますけど、貴方、食べちゃ駄目でしょ!」
イスラム教は禁忌が多い宗教である。
豚肉は禁止、酒は駄目、イカやウナギも禁物である。
肉も宗教上の適切な処理が施されていないものは駄目だ。
「いやいや、イスラム教はそんなに堅苦しくないですよ」
ハミッド氏は笑う。
病気だったり、飢餓状態だったり、旅先で他に食べ物が無い場合は食べても良いのだとか。
「神様、宇宙ステーションみたいな遠いとこまで見ていませんから」
「いやいや、寧ろ神様の膝元に近づいたんじゃないのか?」
ツッコミを入れる。
「私、豚骨ラーメン食べた事ありません。
『旅先』で『他に食べるものが無い』なら食べられると思ったんですが」
「それで良いのですか!?
なんというか、宇宙で断食した人たちと思えないんですけど」
「私、機会さえあれば、トンカツと豚骨食べてみたいんですけど」
「いいのかぁぁぁぁ!!??」
交代の時間となり、船長がジェミニのコクピットからやって来た。
「当直、交代だぞ。
当直も訓練の内だし、早く行け。
で、何で盛り上がっていたんだ?」
ラーメン論議再び。
「豚骨ラーメンは今回積んでませんが、ハラール認証受けた材料で作った宇宙食ならもう実用化されていますよね。
昨日も食べたじゃないですか」
イスラム教で規定された手順で処理された肉、それがハラール認証食材。
和食は野菜料理が多いので、ハラール認証も受けやすい。
「いや、まあ、それは知ってますがね」
苦笑いするハミッド氏。
(どうしても仕方ないって形式で食べたかったんだな……)
なんとなく悟る。
「そういえば、マレーシアではどんな麺料理有りましたっけ?」
ハミッド氏が答える。
・ラクサ:甘辛いココナッツミルク味
・ローミー:とろみのあるスープ
・エッグヌードル:焼きそばっぽい細い玉子麺
・ドライエッグヌードル:長崎ちゃんぽん
・ホッケンミー:焼きそば太麺
「インスタント麺出てます?」
「有りますねえ」
「じゃあ、宇宙食にもなりますね。
もう出来てます?」
マレーシアはISSに宇宙飛行士を送った事もあり、独自の宇宙食を開発していた。
作られた宇宙食は
・レンダン・ダギン(牛肉の煮込み)
・チキン・サテ(焼き鳥)
・ナシ・ビリヤニ(インド風ピラフ)
・揚げテンペ(納豆揚げ)
・バナナ羊羹
・干しマンゴ
・イモ粉のクッキー
・ショウガ風味ゼリー
である。
「今回も積み込んでましたよね」
「つまり3食分あるから、明日にも食べてみましょう」
「賛成!」
そういう訳で、翌日の夕食はマレーシア宇宙局開発の宇宙食及びサンプルを味わう事になった。
飲み物はココナッツミルクの粉末を溶いたものを、とりあえずは飲む。
本格的に楽しむのは食後としよう。
米料理のナシ・ビリヤニと新開発のナシ・レマッの宇宙食は日本人飛行士にも好評である。
ナシ・ビリヤニは長粒米をカレー粉で味付けし、トッピングに白身魚のフライ片が入っていた。
ナシ・レマッは長粒米をココナッツミルクで甘く炊いたもので、ピーナッツと小エビがトッピングされている。
他に有名な米料理にナシ・ゴレンがある。
これは要は焼き飯である。
「『こうのす』には遠心分離調理器があるし、揚げ物も可能。
ナシ・ゴレンはそっちで作った方が良いね」
「でもそうなると、私は食べられるか分かりませんね。
職務的に、これが最後か、有っても次で宇宙体験は終わりでしょう」
ハミッド氏は宇宙局の課長として、今後の宇宙飛行士の育成に関わる。
あくまでも飛行士訓練や募集・宣伝の為に体験していて、本人が何度も宇宙に行ける訳ではない。
宇宙ナシ・ゴレンは後任の楽しみとして、食後の飲料に挑む。
マレーシアでもコーヒー(コピ)があるが、これも本格的なものは遠心分離装置のある「こうのす」で飲む事とする。
なので、パック詰めのジュースを味わう事になった。
「これがオリジナルです」
一口飲む。
「甘っ!!」
サトウキビジュースである。
他に「練乳入り紅茶」や「シロップそのもののジュース」、更に「シロップに練乳」というのもある。
「日本人なら『砂糖控えめで』って言った方が良いですね」
そう言って、別な飲み物を持って来た。
「これは?」
「それ程甘くないジュースです」
一口飲んで日本人は叫んだ
「酸っぱ!!!!」
それは梅干し入りライムジュース「アッサムボイ」であった。
彼等は思う。
(エアコン効いてる宇宙船じゃなく、強い日の下で汗かきながら飲みたいなあ)




