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新居はまあまあ快適なり

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

「こうのとり」与圧室の体積は50立方メートルである。

寸法は違うが、縦横5メートル、高さ2メートルの部屋相当だ。

約15畳の部屋である。

重力下でこのサイズの部屋は風呂・トイレ・キッチンを抜いて、生活空間は約8畳程だ。

旅館業では2畳で1人分とするので、8畳部屋に4人住まいなら計算上は何とかなる。

ただし、実際に四人部屋に四人宿泊すると、布団は重なり合うし、割と狭く感じる。

学生アパートだと、これくらいの部屋に1人住まいの事もある。

無重力だと壁も天井も「床」として使えるという利点はあるが、何となく広さのイメージさせる具体例として八畳間を出してみた。


もう一個の例えはJAXA推奨の「土俵と大体同じくらいの直径」である。

土俵の直径は4.55メートル(十五尺)で、4.4メートルの日本宇宙輸送機与圧室よりちょっと大きい。

土俵の中に力士が2人と行司が1人。

宇宙飛行士は力士程大きく無い。

そういう意味で比率が似たような感じとして見ると、3人が丁度良い感じ、4人はやや狭いかもしれない。


彼等4人は、食事や自由時間だけ集合し、宇宙ステーションの生活に倣った夜間は交代で1名がジェミニ改のコクピットに座って待機する事とした。

こうして3人+ジェミニの1人でそれなりにゆったりとした生活が出来るようになる。

船外服への着替えや、訓練の一環である無重力での工作作業もやりやすくなった。

90分で地球を一周する宇宙船内でも妙な話だが、昼時間帯はジェミニを切り離したりドッキングさせたりという訓練をし、夜は「普通に生活するだけでも訓練」なので、身体にセンサをつけながら食事をし、トレーニングを行う。


マレーシア人宇宙飛行士ハミッド氏は、訓練を受ける事が仕事である。

どのような意味があるのか、自国で出来るのはどこまでか、そもそも宇宙飛行士を打ち上げる必要があるのかを判断する「管理職」なのだ。

管理職であるが、人数が少ない事もあり、自ら現場にも出て来る。

多くの専門家がいるならば、議論の末に「これはわざわざ宇宙飛行士を出さずとも、無人機で間に合う」というような判断も出来よう。

だが、組織が発足してまだ日が浅く、宇宙技術において遅れている国では、実際に宇宙を知っている者が一人必要かもしれない。

技術国で「無人機で出来る」と判断出来る案件でも、その無人機を作れるとは限らない。

無人実験機というのは、高度な精密さや密閉能力が必要なのだから。

「自国を測れる存在」としてハミッド飛行士にかかる期待は大きい。


「自国を測る」は人間だけでない。

この測るは、技術程度や予算、必要度についてであるが、もう一つの測るは「距離、高さ、量」である。

マレーシア他東南アジア諸国の関心事は気候変動、異常気象、天災による地形変化、天災をもたらす低気圧の能力である。

また、自国独自の測地もしっかり行いたい。

技術は日進月歩で上がっている。

熱帯雨林で隠された地域も、衛星から調べる事が出来る。

マングローブ、土砂、プランクトンで分かりづらい沿岸についても測る事が出来る。

資源国が多いこの地域では、樹木の覆いを剥いだ地形を見れば、そこは資源を掘りやすい地形かどうか分かる。

山師に歩かせて当たりをつけるより効率が良くなるのだ。

こういう国益に関わる地形調査には、例え無害と分かっていても日本だって絡ませたくない。

自分の国だけでやっていきたい。

そういう需要もあり、宇宙技術を発展させたい、宇宙技術を扱える学生を育てたいのだ。




「ちょっとは無駄な事もしてみませんか?」

そういう声が日本人飛行士からハミッド飛行士にかけられる。

見た目にハミッド氏は真面目に仕事をしていて、余裕が無いように見える。

何でも学んでいるから、遊ぶ余裕が無い。


「無駄な事とは?」

「宇宙遊泳でもしてみませんか?」

「ですが、予定には入っていませんよね」

「その辺は自由裁量ですよ」

ハミッド氏にも、船外服を着て、ジェミニ宇宙船の修理の真似事をする訓練予定は有った。

だが、何の目的も無い宇宙遊泳は予定に入っていない。

船外活動服の酸素量は有限であり、無駄遣いは出来ない筈だ。

「まあまあ、15分くらい外に出てみましょうよ。

 船長、いいですね?」

「ちょっと待って」

酸素残量を見る。

「OK! いいよ」


船長のGOが出た事で、ハミッド氏と日本人飛行士が船外活動服に着替え、ジェミニに移動する。

専用エアロックを持たないHTV-Xから外には出られないので、与圧室のハッチを閉めて、ジェミニのコクピットから宇宙に飛び出した。


「地球でも月でも宇宙でも、じっくり見て下さいよ。

 じっくりと言っても、15分しか無いですがね」

無線で語り掛ける。

ハミッド飛行士は眼下に青く光る地球を見ていた。

「綺麗ですねえ」

感動しているのが分かる。

「宇宙の方も見てみて下さいよ。

 あ、太陽の方は見ないように気をつけて下さいね」

空気が無くゆらめきが無い、そして圧倒的な量の星の光が目に入る。

美しいものだ。

「これを見たいってだけで十分だと思いますよ」

日本人飛行士は言う。

「お国の事情に口出すつもりは無いですけどね。

 実用実用一辺倒じゃなく、星の世界に行きたいっていう子供の夢を叶えるのも大人の仕事ですよ。

 あと、ただ星を見る、ただ地球を眺める、そこから生まれる基礎科学も、いずれ国の宝になりますよ」

「言われるまでもない、分かっていますよ」

ハミッド飛行士は言う。

「分かってはいます。

 でも、実感出来ました。

 星の世界に誘ってくれてありがとう。

 今は無理かもしれないけど、いずれ子供たちが単純に宇宙に行きたいって夢を叶えたい。

 そう心から思えたのは僕にとっても、国にとっても大きいですね」

宇宙での生活は、もうちょっとだけ続く。

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[一言] (無重力テニスじゃなくて良かった…)
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