外国人宇宙飛行士
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
現在、短期滞在ではない、長期滞在や宇宙船操縦を踏まえた外国人飛行士候補が訓練を続けている。
昨今の疫病において、迂闊に母国と行ったり来たりするより日本で訓練続行の方が良いとして、残留した。
東南アジア諸国は宇宙飛行士候補を出しながら、アメリカの都合で中止になったりした。
それだけに日本からの打ち上げには期待されている。
そんな中からマレーシア人宇宙飛行士の訓練飛行が決まった。
彼はマレーシア宇宙局の課長である。
マレーシア人飛行士はISSにおいて、初の軌道上での断食を行っている。
マレーシアはイスラムの儀式をする為に宇宙に行くのではなく、衛星開発や宇宙でのタンパク質合成の実験をしようとしている。
このハミッド課長は将来の宇宙飛行士育成や、衛星技術者育成に関わる。
自身が訓練や宇宙飛行を経験し、管制に関わった事を活かすのだ。
今回のジェミニ改には、日本人宇宙飛行士3人(船長と訓練生2人)、ハミッド課長の4人が搭乗する。
宇宙滞在は12日間、宇宙ステーションには立ち寄らない。
新型輸送機HTV-Xを本格的に使用し、疑似宇宙ステーションとして利用する。
HTV-Xは「こうのとり」に比べ、単独飛行時間、搭載量が増大した。
これを活かし、生命維持に必要な酸素、水、食糧を増やす事は出来る。
だが、与圧室のサイズは基本的に一緒なので、4人もの男が生活するには狭い。
また、ただ滞在するだけの飛行に意味を見い出せず、必要な訓練が終われば帰還する。
管制センターの容量がそう多くない以上、用が終わればさっさと帰って、次と交代した方が良い。
こうしてHTV-Xとジェミニ改2を同時搭載したH3拡張機が打ち上げられた。
低軌道に乗る両宇宙船。
ドッキングに成功し、HTV-Xの与圧室に移動する4人。
「初の宇宙飛行、どうでした?」
「わくわくして、昨晩は眠れませんでした。
その期待通りの素晴らしい経験でした」
外国人は表現が大げさであるが、非常に率直である。
これからドッキングしたり離脱したり、ランデブー飛行をしたり、という訓練が行われる。
それは翌日からの事として、到着当日はひとまず体を休める事とした。
ちなみに多目的輸送機「のすり」や、前任の「こうのとり」とHTV-Xの宇宙滞在仕様の違いを説明する。
この3機種は与圧室の直径4.4メートルで同規格である、
「こうのとり」の場合、「居住可能」なだけで生命維持装置は搭載されていない。
与圧室と機械船の間に、国際宇宙ステーションに暴露モジュールを運ぶ為の非与圧部が挟まっている為、ここがデッドウェイトとなっている。
もっとも「こうのとり改」のように、この非与圧モジュールを応用して、観測機器や太陽電池パネルを展開させたりする使い方も出来る。
「のすり」はこの非与圧部を省き、与圧室と機械船を直結させている。
移動中はこの形態で、機械船のエンジンや電池を利用する。
だが、「のすり」は宇宙ステーションとのドッキングを前提としており、与圧室の前後に共通結合機構(CBM)がある。
ドッキング時は機械船は切り離す。
よって、与圧室内部に生命維持装置が搭載されていて、利用可能な容積は「こうのとり」の時よりも小さくなっているのだ。
機械船切り離し後も電力を維持する為、与圧室にパドル式の太陽電池を付けたが、少々中途半端ではある。
HTV-X宇宙滞在仕様は、与圧室に直結されている機械船に、生命維持装置も搭載している。
内部の設計も見直した事で、同サイズながら利用可能な容積は3機種で一番大きい。
また大型化した機械船に生命維持装置や酸素や水等を搭載する為、滞在可能日数も長くなる。
最初から太陽電池パネルを拡げる設計であり、発電量も多い。
だが、与圧室が機械船から分離出来ない仕様な為、宇宙ステーションとのドッキングは不可能だ。
宇宙ステーションとのドッキングの場合、仕様的に古くても「のすり」は使い続ける事となった。
今回の訓練飛行は、ドッキングの用事が無い為、一番広いHTV-Xとなった。
だがそれでも、直径4.4メートルはJAXA曰く「相撲の土俵と大体同じサイズ」で、その直径と高さ2メートル強の空間に人間4人はやはり多少窮屈である。
人体実験的な、耐久的宇宙滞在の時代は終わっているので、二週間以上ここに引き籠っても意味は無い。
ただし、更に別の使用法もある。
HTV-X長距離宇宙船仕様の場合である。
例えば月まで飛行する際、ジェミニ改等よりもHTV-Xを使った方が快適で、かつ酸素も水も多く搭載出来る。
この時は2人乗りで利用する。
先代「こうのとり」よりエンジン出力の小さい(その分無駄が無い)HTV-Xは、月まで飛ばす場合にエンジンの改修をするが、その結果どれだけ単独飛行可能時間が短縮されるかは分からない。
話が将来構想に飛んだ為、元に戻す。
とりあえず今回は、本格的にHTV-Xを利用した宇宙滞在となり、それに日本人飛行士と共にマレーシア人宇宙飛行士も参加する事になった。
ハミッド飛行士は思った。
(ISSとかミールとか「こうのす」とかは無理でも、いつかこのサイズの宇宙滞在施設を打ち上げられるようになりたいものだ)
そしてそれは、彼の後に控えているASEAN諸国の宇宙飛行士並びに宇宙機関関係者の夢でもあった。
彼はこうも思う。
宿泊モジュールの宇宙ホテル化を見越した開発を聞いてはいるが、
(贅沢な話だ。
我々には、このサイズで十分だ。
十分に広いよ)
ASEAN諸国はいつか自分たちのものにすべく、様々な事を学び取り続ける。




