仕様確定
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXA体験宿泊組が揃い、2回目の設計仕様決めのオンライン会議が始まった。
今回は秋山が口火を切る。
「まず、一面展望用窓の件だが、こういう仕様を提案したい」
単純な窓であるならば
・強度的な問題があり、特に打ち上げ時の衝撃に耐えられない
・紫外線をシャットアウト出来ない(軽減出来るのみ)
・素材によっては調達困難
である。
その為、
・格子に区切って窓をはめ込み、強度を確保する
・格子で区切られたサイズの窓にすると、調達しやすい
・両サイドにシャッターを設置し、流星雨の時は閉鎖して防御力を高める
・ハイブリッドガラスを使用し、太陽を向いた時は光を遮る
という提案となった。
ハイブリッドガラスは、内側に遮光フィルターと液晶が貼り付けられている。
通電すると、遮光フィルターが光を遮る。
そして液晶が代わりの画像を映し出す。
逆に非通電時は光が通過する為、向こう側が見えるというわけだ。
一部のデジタルカメラのファインダーに使用されている技術である。
故にデジカメのファインダーのように、見えている風景に、文字情報を重ね合わせて表示が出来る。
「デメリットは?」
「普通のガラス、またはアクリルを使うよりも映像がクリアーにならない事です。
野暮ったい風景というか。
それと、素材単体よりはコストが上がります。
一枚板のガラスやアクリルよりは安く、早く調達は可能です。
ただ、一番安く手っ取り早いのは、格子状にした小さいガラスなりアクリルなりの遮光効果の無い素材にする事ですね」
ネットの向こう側で考えている。
英語で宇宙企業とホテルグループが話し合っている。
英語は分かるから「クリアビューに拘る必要ある?」「確かに強度的に一枚素材は問題有るよね」と言っている。
「この件、アキヤマさんの提案でいきましょう。
その上で一個提案があります」
「何でしょう?」
「個室にも窓を設けて下さい。
飛行機とか船室の窓くらいで良いので。
内側からシャッター下せるものが良いです」
「そんなので良いのですか?」
「富裕層も飛行機とか豪華客船とかの不便さは知ってますから。
椅子のサイズやサービスでファーストクラスを選んでも、窓のサイズで選ぶ人はいません。
一個クリアなビューがあれば良いでしょう」
一番議論の種となりそうな「一面窓」は上手く解決した。
秋山のファインプレーである。
職員は不安を覚えて質問する。
(予算、大丈夫なんですか?)
(総理案件だから大丈夫だけど、こっちもタイアップ組んだから大丈夫)
秋山は秋山で、企業に連絡を入れて素材調達と技術実証で手を組んでいた。
正式な提携は後日になるが、大規模受注で慌てていても、歓迎された。
秋山が仕事をした事で、議題は次の話に移る。
個室、内装、サービスについてである。
内装については、流石はホテル業界、様々な提案をして来た。
フェイクグリーンを強化アクリルケースに入れて飾る案も向こうから出して来た。
反対にトイレに対しては無頓着だった。
「所詮トイレでしょ?」
ファーストクラスでもトイレは別に豪華ではない。
日本人の方が、内装や匂いも込みで無茶苦茶気にするようだ。
「まあ、そこは君たちに任せるよ」
任せられたという事は、責任を負う事でもある。
トイレ同様、テレビやタブレットに対して拘っていない。
「彼等は宇宙に、テレビ観に行くわけじゃないからね」
その個室設置の液晶テレビとタブレットPCのメーカーについて、隣国メーカーを指定して来たのが日本側としては気になった。
「我々の優れた技術をアメリカが認めて宇宙ステーションに!
我々は日本を超えた宇宙大国!」
と言って来る光景が目に浮かび、思わずうんざりしてしまった。
ところが、日本が何か言う前に、オブザーバーのNASAが口を挟んだ。
「一応、宇宙ステーションに持ち込める電子機器は、メーカーや国ごとに承認が有りますから。
日本ステーションは非常時に我々も使用するので、我々が認めていないメーカーのは極力やめて下さい。
スパイウェアとか入れられていたら、たまったものじゃありません」
(あの国はスパイウェアよりはセキュリティホールかな)
とツッコム事はせず、アメリカ人同士の議論に任せる。
結局、高くはなったが全体コストからしたら微々たるものだったので、アメリカの某大手コンピュータメーカーのものに揃える事となった。
その他サービス。
「宇宙遊泳は?」
「『こうのす』には宇宙塵対策の金網が張り巡らされていて、その中なら安心して出来ますよ」
「船外活動服は?」
「今、仕様送ります」
「うーーん、もう少し視野が広いやつはないですか?」
「船外活動服は、実は日本ではそれ程得意な分野ではなくてですね。
それと、4月からのフェーズ3では本来予定に入っていない部分で」
「そちらは我々が請け負います」
アメリカ民間宇宙企業が担当すると言ってくれた。
既存のものよりスタイリッシュで、もこもこしない船外服にすると言う。
「4月には間に合わないが、良いですね?」
「日本側は問題ありません」
「……まあ、急ぎでは無いですから、任せましょう」
このように仕様は確定した。
日本、ホテル業界、民間宇宙企業、さらに監修のNASAと受け持ち部分も決まった。
早く仕様から設計に、そして試作にかからねば。
「今までも面倒臭かったかもしれないけど、これからが本番だからね」
秋山の発破に職員は
(とりあえず今日くらいはその事忘れさせて)
と思っていた。
最近、お家時間でフェリー乗って旅行してる動画見るの好きでして。
影響出てます。




