色々泊ってみた
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
国際宇宙ステーションISSの個室は電話ボックスの広さである。
一見立って寝ているように見えるが、無重力では立つも寝るも無い。
滞在した宇宙飛行士は「住むのに快適」と評している。
ドアもついていて、中からSNSに投稿したり、家族に電話もかけられる。
「こうのす」の個室もこれに近い。
本格的な宇宙飛行士にしたら、寝たり、その前のちょっとした時間を過ごすだけの空間だから贅沢は言わない。
ISSにも「こうのす」にも、壁に寝袋縛りつけてるだけの寝場所もあり、そこで十分の人もいる。
より大きな個室というのは、将来の宇宙ホテルを見越してのものである。
つまり「お客様」を宿泊させる為には電話ボックスでは手狭という事だ。
この辺はアメリカのホテル業界がタイアップに協力する辺り、アメリカも興味を持っている。
民間宇宙企業が近々でしたい事は、宇宙観光旅行であり、それには富裕層を泊めるホテルが軌道上に欲しい。
故に、宿泊モジュールの内装についての意見はアメリカ側から出されるだろう。
それでも日本側も何も意見無しでは芸が無い。
職員は色々な個室を体験してみる事にした。
「なるほど、木目調か」
ある職員は豪華カプセルホテルに宿泊してみた。
最近のカプセルホテルは内装にも気を使っている。
「鉢植えは……無理だな。
造花とか人工樹木を壁にガラスで仕切って置くとかかな」
参考になる。
「個室内ではないが、宿泊モジュール内にマッサージチェアも良いな。
あ、でも外国人はそういうの好まないかな?」
別の職員は高級夜行高速バスに乗ってみた。
用も無いのに地方まで移動する。
「シェル型のチェア、ベッド。
ここにイヤホンとかUSBとかが有るのか。
まあ、バスじゃないからベッドはもっと広くなるが、この形状は固定ベルトが優雅に見えるな」
寝袋の固定ベルトは、見ようによっては暴れる病人をベッドに固定するものに見えなくもない。
浮き上がらないよう固定するベルトの形状も気を使った方が良いだろう。
「トイレ……、やっぱり専門のを一個用意しようかな……」
この夜行バスには後方にトイレがある。
「こうのす」のトイレは機能的で良いが、設計の関係でそこまで広くはない。
そこで機能はそのままで広く、内装を良くしたものが良いかもしれない。
別の職員は豪華列車に……乗れなかった。
現在は運行を停止している。
そうでなくても予約が数年先まで埋まっていて、割り込みは出来ない。
そこで整備中の客車を見せてもらった。
「いやあ、一生乗れなそうだなあ……」
「やっぱり、展望室は必要だな。
……窓の素材とか設計どうしよう……」
「ウェルカムドリンクとか、呼び出しによる食事デリバリーも必要かな」
ミッションスペシャリスト兼任の料理担当なら「余計な仕事入れるな」と言うだろう。
幸い、プロの料理人を宇宙飛行士として送る為、こういう仕事も請け負って貰えるかもしれない。
ただフェーズ3で送られるのは、「一応」任務を持った宇宙飛行士なので、そこまでの贅沢はさせない。
翌日、彼等は戻って来る。
カプセルホテル、整備中の電車は都内だから良いが、夜行バスで地方に行った職員は、着いたと同時に空港に移動してトンボ帰りである。
「どうだった?」
「いや、凄いね」
「広くは無い空間でも、あんな風に豪華に出来るんすね」
「……豪華ではあった。
でも、やっぱり走ってると眠りが浅い。
眠りたい」
「レポート纏めてから寝ろよ」
そして秋山に報告する。
「お疲れ様でした」
「すみません、ちょっといいですか?
ああいうホテルとか列車のデザイナーに協力依頼したらどうですか?」
「多分アメリカの企業の方がデザイナー連れて来ると思いますよ」
「じゃあ、我々はどうして宿泊体験したのですか?
意見出す為とはいえ、こんな付け焼き刃ではどうにもならないかと」
「勘違いしないで下さいね。
君たちは『どうしたら快適になるか』とか『この方が上品だな』とかを言っちゃいけません。
デザイナーの言う事全部取り入れたら強度が足りないとか、問題起こりますよ。
宇宙ステーションの運用者として、取捨選択する為に行って貰ったんです。
便利だから是非つけようっていうのと、便利だけど無くてもなんとかなるし、その方が宇宙船として問題を起こさない、というような見極めで意見が欲しいのです。
泊った事もないと、具体的な反論も出来ず、相手に押し切られるでしょ?」
「ですね。
連中、相当に押しが強い」
「自分の意見押し込んで来る」
「はっきり主張出来ないと、負けてしまう」
「あちらさんは宿泊施設のプロ、君たちは宇宙船のプロ、負けないで下さいね」
言われてみて、職員たちは自分たちの過去を思い出していた。
贅沢な宿泊には興味無かったなあ、と。
4人掛けシート(路線バスと一緒)にぎゅうぎゅう詰めで遠征したり、
フェリーの二等部屋(大部屋)で毛布一枚の泊りをしたり、
軽自動車で夜に移動し、5時くらいからパーキングエリアで車中泊とまでもいかない仮眠をしたり、
要は狭い方は幾らでもいけるけど、広くて豪華なのは正直分からなかった、国立大学理学部や工学部卒の朴念仁たちであった。




