天空から放送
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
地上ではまた病気が流行ったせいで、外出がままならない。
そこでとある地方都市の科学館主催で
「オンラインで宇宙ステーションと子供たちを繋いでみよう」
と企画された。
普通は
「もっと前に言って欲しい」
となるのだが、有人宇宙飛行計画は総理大臣案件で、極めて政治の影響が強い。
地方の科学館の館長や名誉顧問には官僚天下りだったり政治家の関係者が就いている事もある。
利権が無くても、予算に渋い昨今、それくらいの事はして後ろ盾を作らないと科学の芽は守れない。
そういった縁が総理に繋がり、急遽
「You、やっちゃいなよ」
と1時間程の中継が決められた。
ただ、4人しかいなかった第一次長期隊と違い、6人滞在の第二次長期隊は人的余力がある。
山口船長と井之頭副船長で対応し、ミッションスペシャリストの3人には迷惑をかけないようにした。
石田船務長には、手すきの時間だから必要に応じてカメラを回してもらう。
かくして急遽のオンライン生中継が始まった。
一応科学館にも、20人程の子供たちが来て、こことは双方向で会話が出来る。
自宅から見ている子供は、SNSを通じて一旦科学館が見て、代わりに質問する形となる。
放送内容は「宇宙でのお正月」。
「お正月と言えばコマ回しですね。
宇宙ではどうなるのか、やって貰いたいと思います!」
科学館の学芸員が言う。
コマなんてものは流石に持って来ていなかった。
そこで有り合わせの物で作ってみた。
これを回す。
「回りましたね。
これを傾けてみましょう!
おお、コマを支えている部分が傾いても、コマは同じ向きですね!」
「あれを利用したのがジャイロコンパスだよ。
船舶とかで使っているんだ」
学芸員の説明の後に子供の声で補足が入る。
どうも中々生意気っぽい子供が来ているようだな。
「お正月と言えば凧上げですね。
宇宙では凧はどうなるでしょう?」
凧も自作した。
これはコマよりは簡単だ。
和凧を作る。
白いのは殺風景だったので、絵を描いてみた。
絵心は無い。
持って来た瞬間、双方向通信のあちら側から子供たちの失笑が聞こえて来たのが腹立つ。
せめて爆笑せんか!
「凧を引っ張ってみましょう!
おおーっ! 上がりました。
引っ張るのを止めてみましょう。
それでも落ちて来ませんね!」
学芸員が解説する。
「与圧室だから空気が有る。
空気があれば揚力が発生する。
その上で無重力だから下、って言っていいのかな? そっちへの力が無い。
だから一旦上に行く力が生じたら、天井にぶつかるまで上がり続けるよ」
中々正しく解説してくれるじゃないか、そこのアホ毛で眼鏡かけた青いスーツと蝶ネクタイの小学生!
「お正月と言えば、羽根つきですね。
宇宙ではどんな感じになるでしょう?」
場所は軟式拡張与圧室に移る。
宇宙ステーションの外部に膨らんだ風船のような区画。
コアモジュールの1と2両方に付けられた拡張与圧室。
破れ難い素材を使い、外側には提灯の骨状のフレームがあって変形を防ぎ、強度不足を補っている。
コアモジュールは広いが、それ故に「両手両足が壁につかず、反動つけて移動出来ない」ステーション内遭難を防ぐ為、敷居はされている上に、壁面にはコンピュータパネルや個室がある。
ここで暴れるのは迷惑だ。
軟式拡張与圧室は、多目的利用の為、固有の設置物は無い。
普段はゴミや空箱等を置いている。
荷物を取ると、結構広い。
ここではステーション内遭難が起こるから、1人で入室する場合は必ず入り口の命綱を装着する。
ここに2人、山口船長と井之頭副船長が入り、羽根つきをする。
「さあ、羽根つきのスタートです」
「重力が無いから放物運動にはならない。
天井にぶつかって反発して来るのを打ち返すってとこかな」
例の小学生が呟く。
それは当たりだが、レベルは想像を超えた。
スカッシュというスポーツがある。
室内でテニスのようなラケットと小さなゴムのボールを使い、四面の壁の中で2人のプレイヤーがボールを好きなように打って楽しむものである。
フランス革命は「テニスコートの誓い」から始まったとされる。
正しくはジュ・ド・ポームというスポーツの競技場である。
フランスでは、壁で囲まれた屋内で行うものをクルト・ポーム、壁のない屋外で競技するものをロング・ポームと呼ぶ。
この壁のあるクルト・ポームは、最初は素手、手のひら(パームがフランス語でポーム)で競技していたが、手を保護する革紐を巻いたり手袋をはめたりするようになり、やがて木のへら状の簡易ラケットが用いられるようになった。
この拡張与圧室で行われる羽根つきは、スカッシュやジュ・ド・ポームと似たようなものとなる。
「井之頭君、また君を地べたに這いつくばらせてやろう」
「いつまでも同じレベルにいると思わん事です」
既に一度、スカッシュで対戦済みの2人は、この与圧室の使い方を心得ていた。
自分より後ろの壁面に球をぶつけられたら失点。
いきなりスマッシュに打ち合いとなる。
高度なラリーの中、急に側面の壁に球を当てる。
「スカッシュと違い、ここは垂直の壁ではないのだよ!」
「先刻承知」
井之頭飛行士は無理な姿勢で飛び、打ち返す。
「これが三次元の、無重力の戦い」
「だから君は甘いのだよ!」
いつの間にか前に詰めていた山口飛行士が、打ち返された球を強打して後ろの壁に打ち付ける。
得点である。
「まだまだ甘いな。
三次元というからには、上下左右だけでなく、前後の動きにも気を配るべきなのだよ」
「今はやられましたが、これならどうです?」
井之頭飛行士の次のサーブは、円筒状の与圧室を活かした、乱反射型だった。
打ち返された球も乱反射する。
お互いの反射神経勝負となるが、固い壁のジュ・ド・ポームやスカッシュと違い、柔らかい壁(時々鉄骨部分に当たると固いが)故にぶつかる度に速度が落ちる。
「そこっ!」
「ちぃ!」
緩くなりかけた球に寄ってスマッシュ。
この意地と意地のぶつかり合いは、最早見ている小学生を置き去りに続けられた。
この模様は、オンライン配信されていた。
子供用のこの配信だが、興味を持って見ていた大人もいる。
彼等によって、放送終了後も記録されていたものが全世界公開される。
かくして
「ジェ〇゛イのトレーニング場」
として、滞在&特訓希望者がJAXAに多数問い合わせをする事になるのだった。




