天空の七草粥
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ、これぞ七草。
モチは好きな人がいるが、七草粥は「これが大好き」という人は滅多に聞かない。
単に行事として食べているくらいである。
「宇宙でわざわざ食べる必要あるんですか?
地上にいても食べてなかったようなものなのに」
若いミッションスペシャリストはそう言う。
「一応、宇宙でも行事ものは全部やって貰おうと思ってます。
将来の長期滞在を踏まえて、やったらどうなるかを確認する意味でも」
「という事は、1月、2月、3月担当は????」
「成人式以外は全部やって貰いましょう」
「えーーーーー……」
なお、本人は成人過ぎているが、成人式の挨拶で使いたいと映像撮りを依頼された飛行士もいる。
任務の合間に撮影し、地上に送ったが、昨今の情勢で使われるかどうかは分からない。
(式があるかどうか)
「ケーキにチキン、あと年越しそばとおモチ食べた以上、その先も付き合いましょうね」
「鬼は外で、豆を宇宙に向かって投げてやろうか……」
「宇宙塵を増やさないで下さい」
(地球に向かって投げれば流星になるんじゃないかな?)
「それだけイベントが多いと、どっかの歌じゃないが、酒が飲めるぞ」
「宇宙機関の職員がそういう事言っていいのか?と思うのだが……」
酒が飲めるといっても、少量しか許されないが。
そして、ある食糧が無い事実に気づく。
「『つくば』へ!
イベントは全部やるんだよな?」
「その予定だが」
「チョコレートが無いぞ!
いや、材料としては有るが、あの、その、なんだ、アレがだな」
「ああー、コンプライアンスの問題でバレンタインとホワイトデーは無しだ」
「何故!!??」
「女性陣にチョコを渡す事を強要は出来ない。
もし嫌だと思ったならセクハラになりかねない。
それが1つ目。
次に、その狭い宇宙ステーション内で勘違い男子によるストーカー化を防ぐ。
それが2つ目。
最後に、男性から男性が発生してしまう事案を防ぐ。
それが3つ目だ。
6人しかいない環境で、人間関係を狂わす危険性があるイベントは無しだ」
とりあえず強引に、行事ラッシュ四半期を軌道上で体験させる事になった。
「で、七草全部有るんですか?」
「最近はパック詰めで売ってますよ」
「それが宇宙に有るのですか?」
「なんか有りましたね」
肉や野菜、乳製品等の冷凍・冷蔵パックの中に珍しい食材が一緒に詰められているそうだ。
「石田さん、厨房モジュールの倉庫の食材、見せて貰って良いですか?」
見てみると、落花生、菱餅、ハマグリが見つかった。
「節分、桃の節句は祝えって事か……」
「牡丹餅とちらし寿司は、普通の食材で作れますよ」
「食糧以外で、こっちに紙の雛人形、鬼の面、国旗が入ってますね」
「簡易門松や注連縄があった時点で、この先の事も分かっておくべきだった……」
「クリスマスツリーもですが、基本紙で、折って作るものばかりですね」
「太陽電池パネルもだし、折って畳む、それを応用する技術は日本は世界有数だからなぁ」
「そういや、クラッカーは無かったですね」
「火薬使うからなあ。
あ、でもここにあるぞ」
「……紙クラッカーの作り方を折り紙……。
気づかなかった。
クリスマスの時はこれ使えって事だったのか」
そうこう言っている間に、七草粥が出来た。
とろみが強い粥は、飛散しにくい為、普通のお椀に盛って匙を使って食べる。
………………。
「作って貰った事に感謝します。
でも、特に食べたかった料理でもないですね」
石田さんに気を使っている。
だが石田さんも同じ気持ちだったようで、
「そうですよね。
この日の為だけに、他では全く使わないホトケノザとか、そういう食材有っても意味無いと思いますし」
「じゃあ、来年以降は不要って事で報告書きますね」
「異議なし!」
「夕食は本命の料理出しますね」
「本命?」
「正月は終わりにしましょう。
鏡開きしましょう」
飾ってある鏡餅は、無菌かつ外気隔離をしているが、乾燥するものは乾燥する。
「どうやって割るんですか?
ハンマー使うと、無重力だから厳しいのでは?」
「それは臼、杵レベルだな。
金槌くらいなら、足と台座を固定すれば何とかなる。
が、今回はこれで割りましょう」
「機械加工用の万力……。
叩き割るのではなく、挟んで、圧力で割るのですか。
風情は無いですね」
「これが合理的だ」
餅はビニール袋に入れられ、万力で挟まれて粉砕された。
夕食時。
割ったモチを軽く油で炒め、それに中華風餡をかけている。
中華料理のおこげ料理である。
餡には、余った七草と解凍した豚肉が入っていた。
「これ、美味しいです」と好評。
次にグラタン。
グラタンにマカロニではなく、モチの破片を水で柔らかくしたものを使う。
これの具にも余った七草が少し入っている。
メインは農場モジュールで収穫され、貯蔵してあるジャガイモだ。
かくして「メインで食べると微妙」だが「もっと味の濃いものと合わせると悪くはない」という、別に宇宙じゃなくても分かる結果を出して、天空での正月行事一切は終了した。
ただし、神棚だけはそのまま残された。




