天空の正月
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
宇宙ステーション「こうのす」でも正月を迎えた。
餅つきは、流石に無理である。
一応モチ米はあるが、臼と杵は無い。
仮に有ったとして、杵を振りかぶった瞬間、飛行士は反動で体が浮く。
足を固定させても、臼を衝いた時に衝撃で跳ね返る。
その他にもモチの粘りで臼が持ち上げられる可能性もある。
重力が無いのは餅つき上、極めて問題なのだ。
そんな事は予想されていたので、最初から正月を迎える第二次長期隊には切り餅、パック餅を持たせていた。
モチ米は何に使うのか?
粽やおこわを作る事に使う。
蒸し器、大活躍である。
さて、正月のモチである。
雑煮は作れない。
汁自体は作れるが、モチと合わせるのが難しい。
小さいモチなら何とかなるが、風情が無い。
きな粉モチも難しい。
モチは良いが、きな粉が飛び散ったら問題だ。
一応精密機械の塊なのだ。
「はい、あんこモチです」
出されたモチを見て、5人の飛行士は首を傾げた。
「えーーーっと、お椀に餡子入れるんじゃないんですか?」
「おしることは一言も言っていません」
「あんころ餅だとしても、まぶすのでは?」
「あんころ餅とも一言も言っていません。
こっちの方が合理的です」
茹でて柔らかくなったモチを伸ばし、餡子を挟んでいる。
「大福のアレンジですか?」
「上にかけるより合理的でしょ?」
続いて磯部焼きが出された。
誰もが、まん丸に膨れ上がったモチを想像する。
「随分歪つですね?」
「作った方も意外でした」
均等に熱が加われば、確かに球状に膨張するだろう。
しかしモチは熱が伝わりにくく、熱が溜まりやすい部分が出来る。
そして裂け目から膨れるのだが、それが上下左右均等な場所ではない。
大体切り餅は直方体に作られているので、球形には膨らみにくい。
片側だけ膨れ、膨れた部分から更に第二の膨張部分が出来たりし、それが破れて変な形になる。
このモチの味付けはしやすい。
刷毛に砂糖醤油を付けて塗れば良い。
「あれが一番正月らしいモチですね」
飾りに置かれた鏡餅を見る。
ちょっと力が加われば蜜柑が空中浮遊するが、とりあえず二段の鏡餅と蜜柑、台座には三方が使われ、紙垂も使われている。
小さい門松、注連縄が鏡餅と共に飾られているのは、第二次長期隊が全員日本人だというのもあるだろう。
宇宙ステーションは無菌なので、カビが生える事も無いだろうが、外気とは遮断されたケースに入れられている。
「はい、ちゃんとあれも後で食べますので」
鏡餅はカピカピに乾き、ひび割れてからが本番である。
正月料理は、紅白かまぼこ、数の子、田作り、栗きんとんは地球で作ったものを冷凍保存して送っていた。
それを解凍して食べる。
伊達巻き、紅白なます、煮しめは料理担当の石田さんが厨房モジュール内で作成した。
黒豆は需要が無かったので無い。
「正月は主婦が休む為に、日持ちする料理を出すだけなので、実は楽なのです」
石田さんが言う。
「あれ?
でも御節料理作るのって主婦の負担って言いませんか?」
誰かが問う。
「それは変にこだわるからでしょう。
あるいはお姑さんがお嫁さんをイジメる道具に使っているか。
だって、かまぼこも伊達巻きも数の子も、売ってるのを詰めれば良いだけですよ」
言われてみればそうだ。
宇宙ステーションは殺風景で、お重は使わない。
タッパーに詰めている。
石田さんは、大晦日にパックに熱湯を入れて蕎麦を茹でている他は、倉庫にあった食材を解凍してタッパーに詰めていた。
伊達巻きと煮しめは前の日に作って冷凍させていた。
「というわけで、お台所の前の冷蔵庫にタッパー入れておきますので、お腹減ったら好きな時に自分で取って食べて下さいね」
そう言って、手紙を皆に見せる。
秋山が食材の中に忍ばせていたもので
「三賀日は石田さんは基本お休みにさせて下さい」
と書いてあった。
「ええー」
と言う飛行士たちに、石田さんは小さいパックを渡す。
「これも秋山さんからですよ」
お屠蘇であった。
流石に冷凍では無く、冷蔵保存されていたものだった。
「基本は」宇宙は禁酒なので、少量飲める特製パックが渡される。
「……JAXAってこんなのも作るんですね」
「いや、タイアップでどこかの企業が作ったかと」
「とりあえず、新年あけたって事で飲みましょうか」
正月仕様は食事だけではない。
山口船長も地上スタッフからの預かりものがあった。
簡易神棚に、「こうのす」に因んで埼玉県鴻巣市の鴻神社のお札を入れて飾る。
休養時間には地上スタッフが嫌がらせ、もとい適度な脳の運動用に持たせた「神社 木製模型」を組み立て、小型の鳥居、神殿、神木のセットが作られていた。
「じゃあ、初詣ね」
そう言ってから改めて
「宗教的にダメな人とか居る?」
と尋ねる。
全員がマイルド無宗教で、初詣は習慣として問題無い、クリスマスにケーキを食べるし、大晦日には除夜の鐘を聞くといった具合であった。
「じゃあ、ジェミニのドッキングポートのとこに置いておくから、適当に参拝しといて」
と言った。
遊んでいるような感じではあるが、同じメンバーと4ヶ月程無機質な居住区で過ごす上で重要と、イベントは充実させる方針であった。
実際、イベント以外の農業モジュール、水耕モジュール、実験モジュールの稼働状況は平日と何も変わらない。
そして彼等は地上からある事を知らされる。
「4月からのフェーズ3で、結構外国人の短期滞在チームが来るんだってさ」
「じゃあ、宗教的にこういうイベントしづらいですね」
「……4月から4ヶ月程の間で、こういう行事って何か有ったか?」
「まあ、宇宙で正月迎えて、神社もどき作ったりして行事出来るのも、二次隊だけの特権だし、固い事言わないで楽しもう」
となっている。
なんだかんだで良いチームであった。
なお、正月モードは3日まで。
次は七草粥である。




