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短期滞在書類審査

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

宇宙長期滞在は科学者の夢である。

宇宙短期滞在は俗物の夢である。

一日とか二週間程度で有意義な科学的な成果は出ない。

そういう類のものは、二十世紀にアメリカとソ連がやっていた。


どこぞの国威発揚をしたい国の権力者にとっては成果よりも、自国民が宇宙に行った事実が欲しい。

大金持ちの国王や企業家は、実験がしたいのではない、希少な経験と高い買い物をしたいだけだ。

ロケットメーカーにしたら、打ち上げて数ヶ月需要が無いのより、打ち上げスケジュールが詰まっているから、大量生産していた方が儲けにもなるし、製造コストも下がるから良い。

打ち上げホスト国の政治家からしたら、外国からそういった要望を受け入れた方が外交成果になる。

俗物の夢というのはこういう都合があるからだ。


俗物というには健気なのは、「宇宙に行ってみたい」という少年少女たちであろう。

別に何かしたい訳ではない。

夢として宇宙を語っているだけなのだ。

将来的には少年少女も宇宙に行ける。

技術的にも大丈夫ではあるが、まだリスクというものを考えると、社会が許さない。

「未来がある子供を人体実験に使うというのか」と批判される。

代わりに教師が、生徒の夢を背負って宇宙に行く。


高校生、大学生になるともう少し違ってくる。

日本の高校生、大学生はこの頃は中二病完治の反動から、冷めた感じになっているが、発展途上国の場合は違う。

自国語で無い英語のテキストに書いてある事を実際に体験してみたい、自分たちは「ただ行く」だけだが、それが自国の科学への興味を掻き立てる事、それが自国の発展に繋がれば!と理想を持っている。

そういう国民、特に少年少女層に科学への関心を持たせたいと、その国の大学教授や官僚、さらには政治家まで考えている場合もある。


こういう需要が有るのは大分前から分かっていた。

だが、今のNASAにこれを消化する余裕は無い。

作れば有るが、以前のように湯水の如く予算が得られる訳ではないので、中々難しくなった。

スペースシャトルという、搭乗人数も居住空間も確保出来た宇宙船が有れば楽だった。

だが、スペースシャトルという複数回の往復機能が売りの機体は、それ故の構造上の欠陥(翼の付け根に負荷が掛かる)、総点検が必要でコストパフォーマンスが悪いという事から退役させられた。

国際宇宙ステーションも、本来なら退役して、次世代宇宙ステーションを造っていた筈だ。

だが延命措置を施しつつ、まだ消化し切れていない科学の実験を行っている。

スペースシャトルが事故を起こし、数年遅延が起きたのも余裕が無い一因である。


ロシアは勝手に観光宇宙飛行を受け入れている。

滞在先は国際宇宙ステーションだから、NASAに調整は入れている。

だがロシアも、正規の宇宙飛行士を打ち上げている為、そう頻繁には受け入れられない。

三人乗りのソユーズで、往復の専任飛行士と交換要員を入れて、おまけの入り込む余地は少ない。

打ち上げるロケットはある、射場もある、だが滞在する場所が無い。

ソユーズの居住ブロックは、正直「帰還モジュールが狭いからそちらに移る」くらいのもので、大金持ちが満足するようなものでは無い。


十分な居住空間があり、正規の宇宙飛行士が行う実験スケジュールの外、特に迷惑にならないもの。

そういう意味で、日本独自宇宙ステーション「こうのす」は最初からNASAで受け入れ切れない宇宙飛行希望者のフォローという役割を持たされていた。

アメリカでは、幾つかの民間宇宙企業があり、有料宇宙飛行を企画しているが、彼等が独自の商業宇宙ステーションを作るまで、日本の宇宙ステーションを利用出来るならしたい。

また、日本が企画した「ジェミニ改」はデルタ、アトラスというアメリカのロケット、アリアンといったヨーロッパのロケットにも搭載出来る。


「という訳で、そろそろ短期宇宙滞在を受け入れて下さいね」

俗物中の俗物たる総理が、ニコニコしたNE●Vの司令官の手組みポーズで秋山に言う。

「……それはフェーズ3からのお話でしたよね」

技術者だったのに俗っぽい仕事を任されている秋山が反論する。

「フェーズ3が何時になるかは知ってますよ。

 計画表貰ってますからねえ。

 来年4月からになるのも知ってますが、だったらもう今から選考と訓練始めた方が良いですよね」

これは総理が正論であろう。

確かに応募し、履歴書と企画書は来ていた。

プロジェクトリーダーからディレクターに昇進した秋山は、それこそ「選考しておいてね」と言えば良い立場だ。

それが総理から呼び出されたというのは、嫌な予感しかしない。

「もしかして総理の方で推薦者が居るから、早く訓練始めろとか、そういう話ですか?」

恐る恐る聞いてみる。

「いい線いってるけど、流石に君たちの事情を無視して推薦とかはしません。

 不適合者を送って事故でも起きたら問題ですからね。

 そうでしょう?」

まだ安心は出来ない。

いい線いってるなんて答えているのだから。

総理は秘書から紙の束とメモリカードを受け取る。

「これは?」

「興味を持ってくれた国の方である程度選考した結果です。

 あちらの方で10人くらいにまで絞ってくれましたので、あとは君たちで選考して下さい」

誰それを打ち上げてくれという推薦よりまだ悪い。

選考人数が増えた、しかも誰も選ばないという結果は許されない条件付きのリストである。


ん?

あちらの方で選考した?

選考条件を知っているのか?


「君たちが忙しそうだったので、内閣府のスタッフに言って、選考条件を各国に送付しておきました。

 資料が纏まっていたので、実に助かりました。

 ここに来たのは、第一陣です。

 アメリカやヨーロッパの宇宙ベンチャーは今、この条件で旅行者の応募をかけてますから、これから希望者の選考をするでしょう。

 来月辺りから第二陣、第三陣のリストが来るでしょうね」

仕事がまた増えた!

やっと現体制でルーチンワークでこなせるように「した」のに、また追加「された」。

素人を短期で宇宙に上げろというのか!

短期滞在チームでも、それなりの訓練者を想定していた秋山には、旅行者という言葉にショックを受けた。


そういえば、宇宙飛行士候補として、各国の訓練生を受け入れていたが……?


「あの人たちは長期滞在を視野に入れた研究者や、宇宙船の操縦士でしょ?

 そういうのではないです」


仕事が落ち着いて来たら、仕事が増やされる。

この体質、いい加減どうにかして欲しいものだ。

久々のブラック企業モード編です。

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