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軌道上のメリークリスマス

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

北川船長とベルティエ料理長(飛行士)を乗せたジェミニ改は、無事に日本近海に着水した。

ハッチが開き、2人は腕を抱えられて外に出る。

(重い、懐かしい感覚だなぁ)

3ヶ月ぶりの重力に、身体がすぐには慣れない。

筋トレは続けていたし、カルシウム錠剤も飲んでいたので、筋肉や骨が回復出来ない程衰えてはいない。

一時間しない内に元に戻るだろう。


日本帰還後、彼等は隔離される。

外からの感染を避ける為ではない。

逆に、宇宙から突然変異した病原体を持ち帰っていないか確認する為である。

月に行った場合は、月の砂を採集したり、表面を歩き回るから「何か」を拾って来る可能性がある。

北川たちはクリーンルームのような宇宙ステーションに居ただけだが、その宇宙ステーションには農業モジュールが在った。

さらに最近地球から打ち上げられた飛行士たちと接触している為、万が一の事を考える。

宇宙は地表よりも放射線が強く、菌やウィルスは突然変異する危険性があった。

普段は問題無い細菌が、突然変異で毒性を持ってもおかしくは無い。


地球に戻った北川船長たちが可能性としての病気に備えている頃、宇宙ステーション「こうのす」では本当の病気に悩まされる者が出ていた。

例の如く「宇宙酔い」である。

着いて2日目くらいからは、もう覚悟した方が良いだろう。


一方で、対処も慣れて来ていて、冷やしタオル、酔い止め、胃酸を抑えるよう摂食・節水等で、一日もすれば無重力にも慣れて来た。

要は目が回っている感じ、頭に血が上っている感じを、徐々に慣らしていけば「具合が悪い」というのは抑えられるのだ。

そうして宇宙酔いに「慣れる」と、任務をし始める。

宇宙ステーションの方も、万が一地球から病原体を持ち込んでいた場合に備え、地上スタッフも警戒して監視する。

結局問題無く、二週間が経過した。



ある日、地上からイプシロンロケットによる輸送カプセルが送られて来た。

回収し、開けてみる。

薄力小麦粉、卵、生クリーム、グラニュー糖、チョコレート、イチゴ、ウェハース、泡立て器。

丸鶏、ハーブソルト、ローズマリー等。

更にシャンパン(アルコール抜き)もあり、カプセルの中はケチな人の「詰め放題」の袋のようにビッシリと物が詰められていた。

「えーっと、これはケーキ作れっていう事ですかね?」

「あと、クリスマスチキン?」

「そろそろクリスマスですよ」

「忘れてた」

「なんか、こういう無機質な空間で二週間居ると、そういうの忘れちゃうね」

「僕は1ヶ月ですよ。

 12月になってたって意識も無かった」

「てことは、そろそろ正月?」

「当たり前です」

「なんか実感無いなあ」

「ですね」


喋ってるだけの男性陣と違い、実際に作る石田船務長は、すぐに調理に取り掛かった。

しばらくすると、ドッキングポートの辺りには甘い匂いが漂うようになる。

「なんか今日は期待出来ますな」

「シャンパンでも開けますか」

「で、どうやって注ぐんだ?

 ここ無重力だぞ」

「……ノンアルコールのシャンパンな理由がそれだな。

 ガラス瓶じゃなく、プラスチックボトルだ。

 それに注ぎ口付のボトルキャップ」

「てことは、いつも通り飲食用のパックに移して、そこから吸えと?」

「それ以外無いなあ。

 ガラス瓶、打ち上げ時に割れる危険性もあったし、宇宙ステーションは資源ゴミ回収してないから、ガラス瓶は困るしなあ」

「……気分が盛り下がった事だし、作ってくれてる人に悪いし、やっぱり料理出来るまで待ちましょう」

一同賛成した。


それでもやはり、夕食になると気分は盛り上がる。

味気ないシャンパンをパックから吸うスタイルだが、こんがりと焼けた丸鶏のローストは美味しかった。

人数分有る訳ではないので、切り分けられたが、十分である。

第一次長期隊が植えて、収穫したジャガイモを使ったポテトサラダも美味い。

腹八分にして、ケーキを迎える。

無骨なブッシュ・ド・ノエルとホールケーキが運ばれて来た。

「美味しいです」

「甘い! 嬉しい!!」

「いやぁ、宇宙でこんなの食べられるとは思わなかった」

「石田さんに感謝!」

拍手をするが、石田船務長の表情は浮かない。

「私、お惣菜とかちょっとしたおやつなら作れますが、洋菓子は得意じゃないんです。

 気密室なのに甘い匂いが漏れていたでしょ?

 しょっちゅう確認の為にオーブン開けたり、換気したからなんですよ。

 もう……時間かかって大変でした」


リヨンの2つ星レストランで副料理長をしていたベルティエ料理長よりも、順応力、応用範囲の面で優れていた石田船務長だが、その経歴にパティシエもショコラティエも菓子職人も無い。

地上の方も、ついつい軽くタルトくらいは焼き上げるベルティエ料理長の時のノリで材料を送ってしまった。

あれは時にパティシエとしても仕事するベルティエ氏だったから楽々出来たのと、タルトとスポンジケーキとでは手間も扱いも違うという事を、作らない人は知らないのだった。


美味しいクリスマス満喫後、山口船長から地上に報告が送られる。

「サプライズプレゼントありがとうございます。

 ですが、石田船務長は万能の職人ではありません。

 今後記念の菓子を食べさせたいなら、出来合いの物を送って下さい」


打ち上げ時に生クリーム系は崩壊する可能性があったが、その方が良さそうだ。

JAXAの宇宙食には

チョコケーキ

https://spacegoods.net/SHOP/SP-30.html

レアチーズケーキ

https://spacegoods.net/SHOP/SP-083.html

ストロベリーショートケーキ

https://spacegoods.net/SHOP/SP-31.html

があり、我々でも食べられます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確か種子島の宇宙センターにあった資料館の話だとパーティの時のドリンクの飲み方は指輪に小さな漏斗状のパーツをつけてそこに表面張力で丸くなった飲み物を乗っけて飲むとかありました。見た感じ大きめの…
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