一次隊、最後の晩餐
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第二次長期隊残りの3人を乗せたジェミニ改は、予定時刻に宇宙ステーション「こうのす」にドッキングした。
ドッキング後チェックが済むと、3人の飛行士は「こうのす」に乗り移る。
既に「こうのす」で生活していた第一次隊の2人、第二次隊の3人と会い、握手を交わす。
彼等が来るまでに、「こうのす」はコアモジュール2を接続し、研究モジュールも2棟追加され、立ち上げ作業も終わっていた。
研究は明日から始められる。
一方で、明日は第一次長期隊北川船長とベルティエ料理長が離任する日でもある。
明日は送別してから、仕事になるだろう。
北川船長は、旧「こうのとり改」の個室、通称「艦長室」を既に片付け、帰りのジェミニの中に私物は移してある。
半分ジョークで「艦長室」の看板(最初は貼り紙だったが、材料融通してプレート化した)を山口次期船長に渡す。
山口船長は断った。
真面目なのか?
否。
「筆ペン有るんでしょ?
貸して下さい」
そう言って新しく「宇宙大将軍」と書き上げた。
「宇宙大将軍って」
「チェ○ジマンだったかな、宇宙の帝王ゴズ○とか言う敵が居たのは」
「それは大星団ですね。
戦隊ものだと宇宙幕府って敵組織もありました」
「じゃあ、宇宙の帝王って何だっけ?」
「フ○ーザ様でしょ」
「ウルトラ○ブンのバ○゛星人ってのも」
「宇宙大帝を名乗っていた地球のロボットも有りますよ」
「大将軍といえば、ミケーネから出て来たのは……あれは暗黒でしたか」
特撮やアニメ系かと思ったら、実は歴史上の人物だった。
「昔、中国にこう名乗った人が実際に居たんだよ」
「えーっと、その頃から中二病って有ったんですか?」
「いやいや、宇宙って仏教でいう『世界』って意味だよ」
「だとしても誇大ですね」
「まあその宇宙大将軍、皇帝に仕えていたのだが」
「え? 宇宙の大将軍が中国の皇帝の家臣なんですか?」
「ま、その程度のジョークだよ。
艦長室なんてリアルなジョークじゃないか。
これくらい痛いジョークの方がシュールだと思わないか」
「そうですね、フ○ーザ様」
「おい……」
妙な話で盛り上がるの横目に、女性2人は呟いていた。
「男って、ホント馬鹿……」
女性2人はコア2の一角に纏まる。
カーテンがつけられ、遠くから見えないようにされている。
左右に1室ずつあるトイレも、一方のサイドは女性専用となる。
そういう風に、部屋関係は分けた方が、男性女性ともに気楽であった。
一方男性陣はコア1に居住する。
「艦長室」改め「宇宙大将軍の間」には山口船長が入居し、北川船長は今夜はジェミニのコクピットで寝る事にした。
ベルティエ料理長は、最後の日は3ヶ月使い続けた厨房モジュール「ビストロ・エール」の仮眠室で寝ると言う。
コア1に個室は4部屋あり、第二次長期隊の男性陣3人がそこに入居する。
カプセルホテルの少し小さい版程度の個室に荷物を運び入れると、岡村飛行士は自分の研究場所になる実験モジュール「おうる」に案内される。
実験装置やワークステーション、非常電源装置等で空間を占められ、鰻の寝床的な狭さの研究室を見て
「まあ、こんなものか……」
と呟いていた。
向かいの水耕モジュール「かるがも」も人間の移動するスペースは広いとは言えない。
現在倉庫的な使われ方をしている外部拡張の軟式与圧室や、荷物を運び終えて少し広くなった輸送機が重宝される理由が分かったような気がする。
日本時間の19時頃から、第二次隊後期組歓迎会兼第一次隊送別会が開かれた。
今回は二週間前から着任していた井之頭副船長が、通信当番の船長席に座ってパーティに参加する。
「気をつけろよ。
パーティの最中に円盤生物に襲われて全滅ってネタが有ったからな。
レーダーはしっかり見ておけよ」
という特撮ジョークが山口船長から飛ぶ。
最後の料理は、ベルティエ料理長宇宙で最後の料理であり、彼自身も送られる側なので、大皿に盛りつけたものを取るビュッフェ形式とし、全部の料理を並べて皆で摘まんだ。
無重力であるが、勢いをつけて置くとかしなければ、皿に盛りつけられた料理がプカプカ浮いてる事は無い。
プラスチックのフォークなり、箸なりで持つと、後は重力下と大して変わらない。
スープや汁物は今回は無い。
その分、酒が振舞われた。
「なんか、今月3回宴会やってますね。
二次隊が来た時の歓迎会、一次隊の2人が帰る時の送別会、そして今日。
地上でもこんなには飲まないんですけどね」
「いやいや、地上はあと少ししたら忘年会シーズンだぞ」
「北川さん、宇宙に居て感覚無くなったんでしょうけど、
今年は飲み会自粛ですよ」
「あ、完全に意識無かった」
「8人も密で宴会してる。
ニュースとかで叩かれそうですね」
「でもここ、無菌室と一緒だよ。
来る時、二週間周囲と隔離されてさあ」
「まあまあ、愚痴とか無しで。
酔い過ぎないよう、楽しく時間を過ごしましょう」
「そうそう。
酔うのは明日からの宇宙酔いだけにしとこう」
「……嫌な事言わないで下さい。
なんかフラグ立ったかもしれないじゃないですか」
もう誰が何を言ってるかどうでも良いパーティ。
たった一晩だけの賑やかな食事であった。
これが過ぎれば、二次隊は来年3月までの約4ヶ月、散文的な日々が続く事になる。
一次隊最後の夜は、賑々しく終わっていった。




