第二次長期隊第二陣打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
第二次長期隊の第二陣は、打ち上げ直前にちょっとした問題が発生した。
船長を勤める飛行士が転倒して骨折してしまった。
そこで急遽ベテラン飛行士が招集され、船長に抜擢される。
「ジェミニ改」で最初に宇宙に行った山口飛行士である。
彼は日本から2回、アメリカから2回宇宙に行っている為、今回5回目の飛行となる。
ほとんど短期飛行で、新人飛行士の教官的な仕事をしていただけに
「長期滞在は初だけど、楽しみです」
と言ってくれた。
船長が代わったが、他は変わらない。
料理長、船務長となる石田さん。
訓練中の川名飛行士ら女性陣が、どうも自分たちには共通の料理上手な知り合いが居るのではないかと盛り上がり、そこから浮上した人物である。
学者でも宇宙飛行士希望者でもなく、総菜屋とか学食の料理人をしていた女性だが、キャリア的に格上のベルティエ氏が舌を巻くくらい、各国料理をアレンジして作れる上に、状況に応じて何でも出来る人だ。
秋山が頼み込んで加わって貰った。
なお「船務長」という役職は、他のミッションスペシャリストが非常時は自分でジェミニ改や宇宙ステーションの操縦及び修理、船外活動を出来るよう訓練されているのに対し、石田さんは急遽抜擢した為にその能力が無く、
「代わりに掃除、洗濯も引き受けますよ」
と言ってくれた為、そういう役職を作ったものだった。
自分の事は自分でやる、当番制が基本の宇宙生活だが、過度に頼り過ぎない程度なら専任の役職が有っても良いという判断である。
「某宇宙戦艦ならヒロインですね」
と言って照れさせたりもした。
散文的な秋山は
「役職作っておけば手当を出せるからな」
と冷める事を言っている。
乗員3人目のミッションスペシャリストは岡村飛行士である。
訓練1号機で山崎飛行士と同僚だった。
同じく材料系、工学系の研究員だが、プラスチックの無重力を使った新しい組成の研究計画を提案していた。
暴露実験主体のフェーズ1用簡易研究モジュールでは間に合わず、高分子を無重力で作る機材や制御コンピュータを搭載した物理・化学研究モジュール「おうる」の完成を待たねばならなかった。
なお、理論製薬機、炉、分子構造解析機等の機材は開発済みであったが、全部搭載した時に
「とても人が研究出来る居住スペースではない」のと
「炉や製造機にかかる電力が、コアモジュールからの送電だけでは賄い切れない」
という事で、厨房モジュール「ビストロ・エール」や農業モジュール「でんえん」と同じ大型サイズで独自発電能力持ちに変更した。
重量バランス的に、反対側につけられる水耕モジュール「かるがも」も大型に変更した為、より食糧生産力が上がるおまけもついた。
この3人が「ジェミニ改2」で打ち上げられる。
本来、山口船長がコクピット右座席、石田船務長がコクピット左座席、岡村飛行士が貨物室の追加席に配置されるのだが、石田船務長が
「私は助手席にいても、いざという時操縦も何も出来ないので、追加席に行きます」
と言った。
貨物室に増設された席は狭いから、180cm超えの岡村飛行士より、150cmに満たない石田船務長の方が良いとは思う。
だが、脱出用ハッチがきつく(緩かったらとんでもない事だ)、女性の腕力では開けづらい為、女性はコクピット、男性が貨物室というように決めていた。
(全員男性なら一番小柄の者が追加席)
しかし石田船務長は
「これ、ちょっと梃子の原理でこうすれば」
と女性の力で、軽くとまでは行かないが、想定脱出時間までに開けられる方法を見つけた。
以降、「バールのようなもの」はジェミニ改2の補助席横に装備される事になる。
こうして体格に合った座席配置となり、ジェミニ改2は種子島宇宙センターから打ち上げられた。
「バールのようなもの」を使う事もなく、宇宙船は順調に軌道投入された。
ここまで失敗無く打ち上げ成功が続いている。
安心したのか、以前総理が声をかけていた東南アジア諸国から、自国の宇宙飛行士の打ち上げも早くして欲しいという要望が来ているようだ。
総理から
「居住区、大分大きくなったんだって?
国際協力、アメリカやヨーロッパだけじゃないので。
よろしくお願いしますね」
とまた丸投げ無茶ブリの予感メールが来ているのが秋山の頭の痛いところだ。
その為、今回のジェミニ改2の貨物室には、人数分以上の船内服や生活用品、消耗品が積み込まれていた。
軌道に入ったジェミニ改は、やはり同時に搭載されて打ち上げられた多目的輸送機「のすり」とドッキングし、宇宙ステーションに向かうルーティンワークを行う。
ドッキングも済めば後は半日程の旅だ。
今回宇宙が初の2人は「のすり」に移乗し、眼下の光り輝く地球を撮影したり、無重力を楽しんでいる。
(はしゃいでいるなあ。
でも今の内だけだからな)
明日か明後日には宇宙酔いで大体苦しめられるのが今までの例だ。
(まあ、今回はそうなって欲しいとこだ。
人体実験してもらおう)
今回の打ち上げに際し、宇宙酔いや頭痛対策に薬が多種類持ち込まれている。
頭に血が上りやすくなるのが理由なので、血圧を下げる薬効を持たせた上で
・胃酸の分泌を控える(吐き気対策)
・自律神経を落ち着かせる
・嘔吐中枢への刺激伝達を遮断する
・目の疲れを取る
・「酔う」という気を鎮める、という効能を書いた偽薬
等、点眼剤から消化器・循環器系の薬まで製薬会社から渡された。
これらが「こうのす」のロッカーの一角を占領する事になる。




