第二次長期隊第一陣打ち上げ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
『こちらつくば。
急ですが、来週第二次長期隊の第一陣3人打ち上げます、どうぞ』
「こちら『こうのす』、突然ですね、どういう事スか? どうぞ」
この通信で予定変更が告げられた。
現在の「こうのす」は居住スペース的に余裕がある。
ドッキングポートも4ヶ所プラス接続のみの個所が空いている。
農業系ユニットは収穫期かつ二期目の栽培期間であり、引継ぎがあった方が良いかもしれない。
研究課題の中で多かったのが連作障害と、連作による栄養価の変化なので、二期目からが本番かもしれない。
無論、一期目がちゃんとしていないと二期目も無いから、何期目が楽とかそういうのは無い。
次に二週間後に水耕ユニット「かるがも」が打ち上げられる。
その後に二次隊が来てセットアップだと時間の無駄だ。
だから先にミッションスペシャリストを送り、水耕モジュールドッキング後すぐに稼働させる。
そして宇宙ステーション運用専任を2人にして、最終月の負担を減らす。
今週の北川船長の作業は多かった。
船長はプロの飛行士、過酷な作業にも慣れているから問題無い。
どちらかと言うと、4人ローテーションを3人ローテーションに変えられたミッションスペシャリストの方が問題だ。
普段の時期ならまだしも、最終月で作業内容を纏めたり、研究成果として報告したり、帰還の準備が有ったりする時期なので、専任の飛行士がもう一人居れば楽になるだろう。
「それ、先週だったら当てはまりますが、今後は特に忙しくはなりませんよ、どうぞ」
『北川さんは忙しくなくても、山崎君と鈴木君が忙しくなります。
当直ローテーションから外してあげましょう、どうぞ』
『あと、防衛省の地上監視衛星の打ち上げが延期になって、射場が空きました。
折角だから打ち上げに使う事にしました、どうぞ』
「……明らかにそれが本当の理由ですね。
地上スタッフの言う事は、P.S.の方に本音が含まれてる事は存じております、どうぞ」
と言う事で、ジェミニ改2を使用し、3人が先行して「こうのす」に居住。
その次の週に水耕ユニットと化学ユニット「おうる」が相次いで打ち上げられ、ドッキングする。
この週に第一次長期隊の内2人が帰還する。
翌週に第二次長期隊の第二陣が到着。
翌日に第一次長期隊の残り2人が帰還する。
そういうスケジュールに変わってしまった。
「そうなると、しばらく7人で生活、最終日は8人で生活しますよね。
4人での生活を前提にした食糧計画だったので、足りなくなりますよ」
ベルティエ料理長は備蓄を見てそう言った。
「一緒に『のすり』も来るし、フランスもロシアのプログレスをチャーターして追加食糧と飲料水を送ってくれるそうですよ」
「え? 私の本国から? 急な予定変更だったのに、随分早いですね」
「うちのプロジェクトリーダー、そういう仕事早いから……」
秋山がこのやり取り聞いたら苦笑いしたであろう。
特に得意でも無かったのだが、散々無茶ブリされ、政治家に会わされたり、一泊三日で海外出張とかさせられた結果、トップに話を通して最短時間で事を運ぶ技法と人脈を手に入れたのだから。
なりたくてなったんじゃねーよ、と言い返すかもしれない。
それはそれとして、秋山は総理を動かして、フランスとロシアに話を通したのだった。
もっとも、プログレス輸送機を一週間で用意出来る事はない。
前もって「こんなこともあろうかと」用の機体を購入し、倉庫に預けていた。
ロケットも組み立てて、燃料を入れる二歩手前くらいの状態で倉庫に保管。
これでギリギリ1週間で打ち上げられる。
種子島宇宙センター、ここに第二次長期隊及びバックアップメンバーが移動した。
川名さくら飛行士は、日本から打ち上げられる女性宇宙飛行士としては初となる。
ここに来て取材が増えている。
松本和志飛行士は農場モジュール担当の交代ミッションスペシャリストである。
体格は良い方なので、増設席はきついそうだ。
井之頭礼一飛行士は、二次募集で宇宙飛行士になった人物で、二十九歳と若い。
宇宙はこれで3回目で、船長としては2回目となる。
3人は打ち上げまでに病気を発症する事も無かった為、無事打ち上げの運びとなった。
巨大なH3有人バージョンの先端に取り付けられたジェミニ改2に入る3人。
まず松本飛行士が操縦席の椅子の間から増設席に入る。
(これ設計ミスだよな)
と思いながら、狭い隙間に無理に体を通して入っていく。
整備士が椅子の位置を直し、左座席に川名飛行士、右座席に井之頭船長が座る。
シートベルトを締めた事を確認し、整備士がハッチを外から閉める。
井之頭船長がスイッチを切り替え、ジェミニ改2の各機器に供給される電気が、ケーブルを使った外部電源から宇宙船のバッテリーに切り替えられた。
いよいよ発射10分前、600秒からのカウントダウンが始まる。
数字が10となった時に振動が来る。
燃料の噴射が始まった。
5秒前、点火のアナウンスが聞こえる。
振動がさらにパワフルになる。
カウントゼロ、打上のアナウンスで体が重くなる。
このまま3分、180秒程加速が続く。
そして気が付いたら、もう宇宙空間であった。
ミッションスペシャリスト2人が初の宇宙に圧倒されている間にも、井之頭船長は操縦で忙しい。
ジェミニ改2の下に搭載されている多目的機「のすり」とドッキングする。
連結状態で姿勢を変更し、宇宙ステーションへの軌道に乗る。
遠隔操作で「のすり」のシステムを起動させる。
異常皆無を確認し、「のすり」側ロックを解除。
「じゃあ、松本君はベルト外して、与圧服脱いだら、ドッキングハッチ開いて。
そこ狭いだろうから、『のすり』の方に移動して。
川名さんも座席ずらして、貨物室の方に移動していいですよ。
慣性飛行に移行したから、今日はもう何もすること無いので」
宇宙ステーションまで、あと約1日の行程であった。




