お茶飲んで終了
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
純水は、H2Oは美味しくない。
微量含まれるカルシウムやマグネシウム、鉄分等が水の個性となる。
宇宙ステーションでは水は貴重である。
故に再処理して使われる。
その水は、やはりどこか工業的な味がする。
貯水槽の水の味と言えるかもしれない。
こういう美味しくはない水を飲むマジック、それが茶葉を入れる事である。
お茶にする事で飲みやすくなる。
そして中国はお茶の国である。
「この点心は茶葉を使てます」
魏書記が説明する。
茶葉料理という、本来なら捨てる淹れた後の茶葉を餃子や饅頭の具に入れるものだ。
大豆を使ったベジタリアン用の肉もどきを挽肉状にし、スープの煮凝りを加えて蒸す。
漬けダレ無しでも、中に味が染み込んでいる。
蒸し料理か煮て作る点心は、温度の面以外では宇宙ステーションでの料理に向いている。
具は干し海老、干しアワビ、干し椎茸、干しキクラゲ等保存が効く物を使える。
点心そのものも冷凍保存が出来る。
シベリアの餃子とも言えるペリメニは、寒冷な気候を使い、紐に結んで外に干し、冷凍状態で冬の食事にしたりする。
餃子は完全食とも言われる。
皮は小麦粉(炭水化物)、具には白菜、肉(タンパク質)と必要な栄養素を全て摂れる。
中国では一部の地域を除き、ニンニクを使わないから、船内にニンニク臭が残る事も無い。
極論を言えば、大量の冷凍餃子を持って行き、毎日少しずつ水餃子で食べていけば、宇宙長期滞在も可能となる。
という話から、日本の「こうのす」は焼き餃子を作れるよ、という話になる。
「どうやて作りますか?」
「焼きそばの時説明した、無重力用二面鉄板を使います。
自動でお湯を注して蒸し焼きとし、羽根を作る事も出来ます。
蒸気も外に漏れないように対処しています」
「羽根とは何ですか?」
「焼き餃子の周りに出来る、パリパリした小麦水が固まったものです」
「鍋貼(焼き餃子)作るのに羽根は、そんなに大事ですか?」
「人によっては。
餃子を焼く人の腕を見るのに使うとか。
羽根がついてないと寂しい人もいます」
魏書記は首をすくめた。
水餃子と鍋貼(焼き餃子)の違いは有るが、日本人もやはり食へのこだわりが凄まじい。
(日本とは協力したいな)
同じ東洋人だからではない。
中国人は寧ろ同じ東洋人を格下に見る。
日本人を仲間と思うのは、食にほとんど拘りを見せないアメリカ人に比べ、拘りが凄い為、欲しい技術は既に開発済みだったりするからだ。
点心は蒸し料理、茹で料理が多いから、宇宙ステーションでの料理に向いているものが多い。
しかし、春巻、胡麻団子、揚げパン等「揚げ点心」は相性が悪い。
大量の油を必要とするが、宇宙では油の再処理は出来ない。
ノンオイルフライヤーは有るが、揚げ点心はフライという訳でも無い。
「流石に点心は食後の腹休め。
軽食なので、揚げ点心は我慢して貰います」
魏書記は笑い、秋山とミュラ氏は顔を見合わせた。
(主食じゃ無いのか!?)
この辺り、イタリア料理のパスタに対する認識と違っている。
日本人はそれだけ食べて主食と思いがちだが、あれはあくまでも前菜なのだ。
点心、広東の方では飲茶は軽食、間食である。
「食後の腹休め」という言葉に、中国人に比べ少食な秋山は反応したが、杏仁豆腐とかマンゴープリンも点心と言えば納得のいく話である。
見ていて秋山は思った。
(一体どれだけの食材を持って行くつもりなのだろうか?)
下手をしたら、居住区の数倍の食料庫を伴う事になるのではないか?
そして、根本的に自分たちに聞きたい事は何だったのか?
豆乳を飲んで胃の具合を落ち着けてから聞いてみた。
「我々の厨房モジュールや農場モジュールは参考になりましたか?
これだけ多くの料理には対応し切れないので、参考にならなかったのではないですか?
まあ両面鉄板や遠心調理器なんかは参考になったかもしれませんが、本質的には何を知りたいのでしょうか?」
腹芸無視で切り込む。
「いえいえ参考になりましたヨ」
そう魏書記は答える。
「私たちは日本も法国も甘く見ていません。
我が国に匹敵する食いしん坊の国です。
美国のように割り切らず、納得するまで拘ります。
その両国はどこまで問題解決したか、です。
中国より先行しているのは分かりました。
でも追いつけない程では有りません。
私たちはちょと怖かたんです、私たちの悩んでいる事を貴方たちはあさりと解決してたのかナ?と。
物凄い革命的技術が有たのではなく、同じ思考で考えて解決してた、励みになりましたヨ」
「つまり、日仏がどれだけ先に進んでいるか知りたかったと?」
「はい」
悪びれずに答える。
「もし、我々が凄い技術を既に実現していたなら、中国はどうしました?」
「三跪九叩してでも教えを乞います。
教えてくれなかたら、まあそれなりの手を使います」
また悪びれずに答える。
(それなりの手って、性的篭絡とか買収引抜とか産業間諜とか多数有りそうだな)
良かったのか、悪かったのか。
「今日聞いたのは食事の事だけでした。
農業の方も教えて下さい。
いや、今日の感じではもしかしたら中国が先行している分野も有ると思います。
どうぞ、我々にも聞いて下さい。
対等でいけるなら、それでいきましょう」
まあ、教えて困る技術が有るでなし、既存技術の組み合わせ、枯れた技術の産物で作った宇宙ステーションやモジュールだし、警戒しつつも情報交換する事にした。
日本側にはアメリカのチェックは入るが。
黙っていた董技師がボソリと呟いた。
「真的、是人為引力、是思維方式的改変(そうか、人工重力ね、発想の転換だな)……」
この辺、ちょっとした情報でも吸収するから怖いのだ。
中国人の喋り方ですが、作者の中国語と拳法の師(北京出身)が「っ」音苦手だったのでモデルにしました。