中華料理と宇宙環境(後編)
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
中華料理の内、日本人に最も愛されているジャンルは麺料理であろう。
余りにも愛され過ぎて、最早中国人の手を離れてしまった。
ラーメンはまだしも「冷やし中華」というものは、冷たい主菜を「牢獄飯」と嫌う中国人は思いつかなかった。
蕎麦の食べ方と近い「ざる中華」とか「つけ麺」とかも日本人が好む。
「油そば」とか「まぜそば」というのも中国のものではない。
そういう日本発祥のものでない麺料理は、中華料理にはまだ大量に在る。
だが、今は中華麺料理自慢大会では無い。
宇宙でどう食べるか、作るかの話をする為の供される。
主食の類である麺料理(炭水化物)は、これまでのように小皿で大量には供されなかった。
小さい器で3杯だけである。
だがそれでもボリュームは有る。
1杯目は担担麺であった。
日本でも最近知られるようになった、汁無し担担麺であり、普段と違うのは予め混ぜられている事である。
無重力で「盛られた」具と「器の下に溜まっている」胡麻ダレをかき混ぜるのは、飛び散りやすいという観点から望ましくない。
故にパックに入れる事を想定し、最初から混ぜ合わせていた方が良いだろう。
2杯目は炒麺、つまり焼きそばであった。
汁無し担々麵との違いは、こちらは油で揚げている事である。
麺の表面はカリっとしている。
その固めた麺で具を包んでいる。
秋山とCNESからの派遣職員であるミュラ氏は顔を見合わせた。
「こういう作り方なら、器具を開発したので協力出来ますね」
魏書記と董技師は図面を見る。
「成る程、両側から挟み込んで加熱するのですね」
上も下も無い宇宙では、ひっくり返すよりも両面から焼いた方が良い。
片面だけ焼く時は、この鉄板を横並びにした1枚もので使えば良い。
なお、現在「こうのす」ではクレープやガレットを焼くのに使われている。
3杯目は刀削麺であった。
実は汁有りのラーメンは2005年に「スペースラム」という名で宇宙食となっている。
本家のカップ麺も宇宙食認定を取得した。
汁有りの中華麺を出して来たのは「どう食べるか?」という話の為では無かった。
中華麺の材料、小麦粉を捏ね、鹹水を加えて伸ばし、麺を作るところまでは宇宙でも出来る。
一般的には、宇宙食用パックに入るサイズに切って、具と共に入れる。
そして出来たパックに、食べる前に湯を入れて茹でて仕上げる。
だがこの刀削麺は違う。
グラグラと沸騰した湯の入った鍋に、麺となる小麦粉を捏ねた塊から、刀とは言わないまでも鉄片を使って削った麺を飛ばし入れる。
中華料理には、こういう激しい動作を伴うものがある。
炒飯だって、鍋を振って米を炎に潜らせる事で余計な油分を飛ばし、香ばしくする。
「どうしても宇宙で刀削麺食べないとダメなんですか?」
フランス料理にだってフランベという、酒の風味だけ残しアルコール分を飛ばす派手な技法がある。
宇宙ではしない。
爆発的な炎を発生させるのは危険である。
酒精を飛ばすと言っても、密閉空間では飛ばしたものは結局中に残っているのだ。
フランス料理はフランベ無しでも問題は無い。
だから、宇宙ではわざわざしない。
刀削麺だって、絶対必要な料理ではない。
宇宙ステーションで無理して作る必要は無いだろう。
ただ、中国人として言いたいのは
「刀削麺がどうしても食べたい!」
ではなく
「こんな感じの調理するんだけど、無重力では無理っぽいから、何か良い方法無い?」
という相談をしたい事だ。
刀削麺をすすりながら議論したが、この時は妙案は出なかった。
瓢箪から駒、と言う。
話が刀削麺の時は気づかなかった事が、別の料理の時に気づいたのだ
それは麺ではない炭水化物料理、米料理、炒飯であった。
「この料理も鍋を振るい、炎を使て一粒一粒分離させるのですが……」
「あ、それなら解決済みですよ」
「よろしければ教えて下さい」
秋山は遠心分離調理器の説明をする。
日本人も中華料理は好きだし、その作り方も知っている。
凝り性なので、可能な限り作ってしまう。
魏書記は呆気に取られていた。
内心では
(これだから日本人は侮れない。
まさかもう完成させていたとは思わなかった)
と舌を巻いていた。
董技師はちょっと考えてから口を開いた。
「さっきの刀削麺ですが、炒飯と同じで無重力でなければ問題解決しますね?」
中国語だったので魏書記が通訳する。
日本人、フランス人、中国人ともに納得する。
無重力で無理なら、疑似重力を作り出せば良いのだ。
これで以降の問題は大体解決した。
「使える水の量に限りがある」
「酸素消費を防ぐ為に電熱やマイクロ波調理を用いる」
「密閉空間であるから臭気やアルコール成分等が気化するものは厳禁」
という原則を守れば、あとは創意工夫で良いだろう。
「菌類の厳重管理」はアメリカ陣営の宇宙開発での話だ。
中国が発酵に拘るのであれば、そこは好きにさせれば良い。
(同じように発酵食品に拘る国を中国に押し付けたい意図も有る)
「ではこの後はお茶と点心にしましょうか」
厨房から蒸籠が人数分運ばれて来る。
秋山とミュラは
(まだ食うのか?)
と顔を見合わせた……。