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中華料理と宇宙環境(前編)

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

まずは前菜として十品運ばれて来た。

(小盛りとはいえ、この品数かい!)

そう思うと

「勿論、宇宙基地じゃ、こなにいぱいは作りませんね」

と魏宇宙局書記は自慢げに補足して来た。


キュウリのごま油和え、皮蛋ピータン、豆腐の細切り、ジャガイモの細切り油和え、豆苗の炒めもの、春雨サラダ、キクラゲの和えもの、ネギと砂肝の炒めもの、中華ハムとネギの細切り、セロリとイカの和えもの、という十品。

「私たちも宇宙基地持てますから、これらの料理は宇宙でも作れる事は知てますね」

と言う。

秋山は美味し!と食べていたが、フランス人であるミュラ参事官は違った。

「油を使いますね?」

「油は中菜の基本です」

「使い過ぎではありませんか?」

「失礼ですが、フランス料理も油は使いますよね」

「使い方について語ろうじゃないか」

ミュラ参事官と魏書記官が討論する。


現在、ベルティエ料理長は油を余り使わずに料理している。

相手が日本人だから油っこい料理を避けている訳ではない。

ノンオイルフライヤーもあるが、それ以上に彼は無重力である事を最大限に活かしていた。

下に垂れないという事は、火加減を調節して蒸発させないようにすれば、少ない油で揚げ続ける事が出来る。

中空に浮かし、周囲を包む事でムニエルからブレゼを作れる。

「油を大量に使うと処理が大変だよ」

「油を大量に使うのも我々の料理だが、使わない手法も幾らでもあります。

 まあ、無重力では油も上手く使えるという事は良い情報です。

 参考にさせてもらいます」

中華料理のジャ、大量の油でむらなく揚げる、バオ、強熱火で一気に炒めるといった調理法は制限がかかる。

カオ、直火で焼いて油を落とすような料理法は逆に難しいかもしれない。

重力が無いから油は周辺に滞留し、焼くではなく揚げるになりかねない。


「換気はどうなってましたっけ?」

秋山が話題を振る。

厨房ユニット「ビストロ・エール」は飛び散る油や、強烈な匂いが発生した後の換気まではカバーし切れない。

換気の力は一般的なフランス料理までで、中華料理の激しさには対応していない。

排熱は、煮込み料理等の長時間調理には対応しているが、強火で爆発的に仕上げるものには対応していない。

「外と空気の入れ替えの出来ない密閉空間で、匂いも油も熱も案外残る。

 だから、中に籠らぬ程度に抑える。

 そうでなければ、もっと強い装置が必要となる。

 蓄電池式の我々のモジュールでは強い装置を使わなかった」

「え? 蓄電池式なのですか? 何故?」

これには秋山が説明する。

調理は、電子レンジを使ったりオーブンを使ったりすると電力を大量に消費する。

調理器具の電力もだが、排熱機能にも負荷がかかる。

他にも実験モジュールがある以上、こうやって電力を使われ過ぎると、実験装置の電圧が下がるかもしれない。

無論、停電時のバッテリーも搭載されているから、その辺は大丈夫ではあるが。

厨房モジュールにはもう一つ特徴がある。

使用時以外はほとんど電力を消費しないのだ。

冷蔵庫や保管庫も、宇宙の低温や真空を活かし、電力消費をしない。

それなので、使っていない時間帯に蓄電し、使う時には宇宙ステーション本体の電力を使わない蓄電池式にしたのである。


「なるほど、参考になりました」

そう言いながら、魏書記官は疑問を口にする。

「醸造室は在りますか?」

在る。

厨房ユニットには小さいものがある。

パンをイースト発酵させるようなものがある。

もっと大きいものは、厨房ユニットではなく農場ユニットの方に在った。

「菌類を扱う以上、バイオハザード設備の有る方に設置しました」

もう一つ理由はある。

宇宙農場で穫れた大豆を発酵させて味噌・醤油を造る、同じく穫れた野菜を漬物にする、やがては乳酸発酵の熟れ鮨や、強力な菌を使う納豆も試したい。

「そういう訳で、厨房ユニットでなく農場ユニットの方に置いてます」

フランス人や、後で搭乗するイタリア人の料理人の仕事場に、糠漬けとか味噌とか納豆とかが有ったら嫌だろう。

匂いには気を使ったモジュール故に、なおさら……。


この話を董技師はボイスレコーダーで記録しながらも、メモをきっちり取っている。

中華料理では発酵食品、発酵調味料は多い。

更に「宇宙ならではの(ジャン)を新しく造れないか?」という野望もある。


一方でこの菌類を扱うユニットは、一般的な宇宙飛行士とは隔離される。

専用服も着る必要があり、靴も消毒して出入りする。

「こうのす」はISSのバックアップ宇宙ステーションの役割も持っているが、もしもISSから宇宙飛行士が訪れたとして、農場モジュールには立ち入りが禁止されている。

こういう無菌意識に対し、中国とどっかの国は無頓着過ぎる。

どっかの国は、宇宙に自国特産発酵食品を持ち込もうとし、NASAから拒否された。

あの食品の匂いもあるが。

逆に言えば、アメリカが避けるからこそ個性にもなる。

……宇宙放射線でおかしな菌を作り出す危険性も、無い訳では無いが。

とにかく発酵醸造庫は中国の宇宙ステーションの特徴となるかもしれない。


そういう話が終わる頃、料理が運ばれて来た。

「回鍋肉」「陳麻婆豆腐」「海老と帆立のXO醤炒め」「腐乳炒奶白菜」「蝦醤通菜」「牛腩飯」といった豆板醤、甜麺醤、豆豉、XO醤、蝦醤、蠣醤、腐乳といった中国発酵調味料を使った料理が運ばれて来た。

(このタイミングを狙っていたな)

やはり中国は侮り難い。

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― 新着の感想 ―
[一言] 納豆は匂いよりも糸を引くのが駄目だったとか誰か言ってました。 つまりひきわりのつゆだくならいける
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