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金曜日は

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

日本には誰もが知っている国家機密がある。

その名も「金曜カレー」。

長期勤務の為、曜日感覚を忘れないよう、金曜日にはカレーライスが出るというのが由来である。

海上自衛隊の洋上艦、潜水艦、基地隊毎のレシピは「国家機密」と言われる。

旧日本海軍時代からの伝統があるが、海軍とは無関係な場所でも金曜カレーは食されている。

警察学校や学生寮、南極昭和基地でも金曜はカレーだったりする。

(砕氷艦「しらせ」は海上自衛隊所属だから当然金曜カレー)

この日本独自宇宙ステーション「こうのす」でも金曜カレーが採用された。

「こうのとり改」の時は精々二週間の滞在だったが、「こうのす」は三ヶ月以上滞在する為、曜日感覚を忘れないっていうのが生活ルーティーンに追加された。

……もっとも、「こうのとり改」は調理スペースが貧弱だった為、カレーは有っても湯煎したパックをスプーンで掬って食べるくらいである。


金曜カレーは、ベルティエ料理長の休日用でもある。

フランスは労働関係で休日取得がきっちりしている。

宇宙滞在に伴う生活や運用のローテーションは仕方ないとして、食事を作る事は「仕事」とされ、週休2日が規定されていた。

任務として三ヶ月働きづめというのも考えられたが、宇宙での長期「生活」なので、なるべく地上と同じリズムを取り入れる事になった。

フランスでよく休みを取る水曜の他、日本側の要望で金曜がオフとなる。

もっともオフと言っても、ミッションスペシャリストに何かあればサポートに回るし、船長が船外活動する際は船長席に座ったりもする。


あと、フランス人は辛い料理は苦手である。

カレーライス作りは、日本人に任せた方が良い。

(フランスの庶民食、カレーライスっぽい料理としてクスクスを提供した事があるが、日本人には今一の評価であった)


日本人飛行士3人、カレーを交代で作っているが、それぞれ個性がある。

民間企業に勤める前に空自に居た北川船長は、そこで習った作り方をアレンジして作る。

野菜をカットし、玉ねぎは飴色になるまで炒め、圧力鍋にカレーブロックと共に入れて煮込む。

所属基地風の味付けの秘密が有るようだが、それは教えてくれない。


山崎飛行士は料理を作れなかった。

レトルトを湯煎し、パックライスに雑によそっていた。

過去形なのは、次第に料理に目覚めていったからだ。

現在は、オーソドックスな煮込み方、カレーブロックを使った味付けではあるが、頼み込んでコーヒー用の生クリームを使ってみたり、リンゴブロックを摩り下ろしたり、チャレンジしている。

コクがあり、かつ甘口にする傾向がある。

そして可能ならカツとか目玉焼きとか、トッピングを乗せたがる。


問題は鈴木飛行士であった。

激辛好きなのだ。

打ち上げ前の持ち込み物チェックの際、いくつかの唐辛子とデスソースが没収されていた。

調理中、離れていても目に刺激が来るレベルのものは没収されたが、激辛なんばん、カレー用ホットソース等は私物として持って来ている。

彼は激辛を布教したい訳ではないから、自分のだけを無茶苦茶辛くするが、それでも傍で匂いを嗅ぐとむせる。

ベルティエ料理長は一回凝りて、二度と近寄ろうとしない。

その彼が作る時、皆に気を使って辛いものにはしない。

代わりに無茶苦茶スパイシーなのだ。

激辛好きはインドカレー好き、しかも南インド系の料理を学んでいた。

密閉空間な上に刺激臭を出してはならない(換気も出来ない)ので、調理法に制限はあるが、確かに「スープのようではない、素材一個一個が香辛料ペーストに塗れた南インド風の料理」に仕上がる。

繰り返すが、集団の中で我を通す人は宇宙飛行士には向いていないので、彼本人の料理以外は、見た目と違って辛さ控えめで美味しい。


今回、その鈴木飛行士が金曜カレーの当番だった。

他の飛行士より早く厨房ユニットにやって来る。

凝った料理はその分、作るのに時間が掛かるのだ。

自分の職場に辛い匂いをつけたくないベルティエは身構える。

スパイス調合とかなら、自室か別の空き部屋でやって貰うのだ。

だが、フランス人が安堵する言葉が聞かれた。

「スパイス、もう切れたんで、今日はインド風じゃなくしますよ」

ホッとする。

彼はキュウリとミニトマトと砂糖を求めた。

受け取ると、自室で下処理するという。

(まあ、唐辛子(カイエンペッパー)地獄から解放されるなら良いだろう)

フランス人は、ちょっとした辛さも苦手である。

カロリー重視で甘口になる北川船長のカレー、入れる素材が甘いものに寄っている山崎飛行士のカレーは食べられるが、正直一番甘くて中辛、本人激辛の鈴木飛行士のカレーは苦手だったのだ。

インド風がもう作れない以上、安心して厨房を貸す事が出来た。


時間が来て夕食である。

「あれ? カレーライスじゃないの?」

見ると白米だけが盛られている。

「スープ系だから、パックから吸って下さいね」

「え?」

「まさか?」


出されたのは緑色のカレーが入った湯煎パック。

「ゲーンキョワーン(グリーンカレー)です!

 インド風がスパイス切れでもう作れないので、僕の当番の時はこれからタイカレー出しますので」

サラダとしてキュウリのソムタムが出された。

「タイ人も貧乏臭くて食べないみたいだけど、青パパイヤ無いんで、勘弁して下さい」


タイ料理を侮辱する気は全くない。

だが、彼等は思った。

(金曜カレーって……カレーはカレーで間違って無いなだけどさあ……、

 なんか違うんだよ、期待しているものとは……)


それはそれとして、グリーンカレーは美味しかった。

食事ネタ続きましたが、次章用の繋ぎなので。

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