ビールには枝豆と言うが、逆に枝豆有ったらビールを飲みたくなる
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
日本人は米食い以上に大豆食いだろう。
大豆を醗酵させて味噌と醤油を作る。
大豆を煮て漉した豆乳から豆腐や湯葉を作る。
豆乳の搾り滓からオカラを作る。
藁に入れて納豆を作る。
豆腐の味噌汁と冷や奴に醤油をかけた朝ご飯なんて、ご飯以外は大豆オンパレードだ。
だが、現在宇宙ステーション「こうのす」に滞在している日本人クルーは、大豆フリーな生活を余儀無くされている。
何故か?
料理担当がフランス人だからでは無い。
大豆は現在栽培中だからである。
それと現在、大豆を醗酵させる空間が用意されていない。
ドライイーストを使ってパンを作っているから、厨房ユニットに醗酵用の空間は在るが、まだ収穫されていない大豆を樽に入れて隔離させる場所は、まだ無い。
穫れる頃から用意する。
……本来、宇宙に菌類を持ち込むのは禁止事項で、酵母菌はまだしも、強い納豆菌はなるべく持ち込みたくは無い。
あと、豆腐は長持ちしない。
干豆腐、凍み豆腐、高野豆腐、こんな形で長持ちさせる方法はあるが、わざわざフランス人シェフの使い慣れない食材を持ち込む程、日本人飛行士も豆腐やオカラや湯葉に拘りは無い。
個人の嗜好用に、パック味噌汁と醤油は有るが、その程度だ。
本命はフェーズ2、日本人料理人と交代してからになろう。
大豆は植えてから成熟した実が収穫出来るまで約130日掛かる。
大豆もまた連作障害を起こす作物だが、とりあえず2回連作する。
ジャガイモは収穫までに約90日、輪作する万能ネギは種蒔きから収穫に約60日、その次は小松菜で約30日で収穫だから、1年で2回、宇宙ステーションの想定運用期間の2年間で4回収穫出来る。
大豆の輪作にはトウモロコシが想定されているが、トウモロコシも種蒔きから収穫まで90日と長いので、大豆→トウモロコシ→大豆→トウモロコシという輪作だと運用想定期間2年(730日)で大豆3回・トウモロコシ3回収穫と余り70日で終了となる。
大豆→大豆→トウモロコシ→大豆→大豆→トウモロコシだと大豆4回・トウモロコシ2回収穫と余り30日で終了なので、大豆食者日本人にはこの方が良い。
逆に玉蜀黍食者のメキシコ人なら、トウモロコシ→トウモロコシ→大豆→トウモロコシ→トウモロコシ→大豆とすれば、トウモロコシ4回・大豆2回収穫、余り40日とする方が良いだろう。
だが、大豆食いの日本人には一つ、禁断の食べ方がある。
それは「枝豆」として、未成熟の実を食べる事だ。
これが悪魔的に美味いのだ。
植物の種子が未成熟の内に食べるという事をしているのに、塩茹でという単純極まりない料理なのに、日本人だけでなく他国の人間も魅了する。
世界的に「Edamame」で通用する、日本以外のスーパーで買うと塩もセットで付いて来る。
この枝豆は、大豆としての収穫より早く、約80〜90日で食べられるようになる。
大豆は収穫後乾燥させねばならず、それも米や麦より乾燥しにくい為、時間がかかる。
一方枝豆は、収穫したものを即茹でて食べられる。
宇宙ステーションは、大豆としてはまだだが、枝豆としては収穫出来る時期を迎えていた。
枝豆として全部収穫すると、二期目の種子も残らないし、味噌醤油豆腐を作るミッションに支障が出る。
食べなければ良いかもしれないが、それもそれで残念だ。
そこで少数を枝豆として収穫する。
ベルティエ料理長も心得たもので、下手に弄り回さない。
さっと茹でて、鞘ごと塩揉み(無重力だと塩を振りかけられない)した。
これが出された時、普段は我を出さない北川船長の日本人魂が思いっきり主張して来た。
「待て待て、枝豆だけとか、有り得ないだろ!!」
そう言うと、つくばの管制センターに連絡を入れる。
しばらく話していて、許可が下りたと言いながら、ウキウキと戻って来た。
「君たちは食べてていいぞ。
ただし、私の分まで食ったら、あっち(船体防御ネットが無い方のエアロック)から宇宙に追放する」
物騒な宣言をし、浴室で何やら準備をすると、トレーニング装置の方に向かった。
一心不乱にトレーニングする。
「別に今しなくても……」
「口を挟むな!
汗をかく必要が有るのだ!」
汗をグッショリとかくと、浴室の個人サウナに入った。
個人サウナは、大人一人が座って入るサイズのカプセル型空間で、ドライサウナを体験出来る。
電源はバッテリー式で、使用時までに充電し、使用中は宇宙ステーションから余計な電力を取らない上に、8〜12分で停止して「のぼせ」るのを防ぐ。
その他、外気取り込み口も有り、頭に冷たい外気を浴びせる事も出来る。
スイッチを押すと水シャワーが必要量だけ出るという、JAXA「星空温泉郷」実行委員会(所属5名)の傑作であった。
その個人サウナから、腰にタオルを巻いた汗だくの船長が出て来た。
「準備は……全て……整った……。
やはり……こうでなければ……」
頭に血が上がり、降りて来にくい無重力ではのぼせやすい。
その一歩手前まで自分を追い込んだ北川船長は、冷蔵庫からビールを取り出す。
キンキンに冷えている。
重力下とは飲み方は異なるが、それでも美味そうに一気に喉に流し込む。
「プハー! うめ〜!
頭痛えぞ〜、ゲーーーップ!」
そして枝豆を貪る。
「んあ〜、幸せだ〜!
今日一日限り、ビール飲む許可取ったし、やっぱこうやって枝豆食わないとな!
やらないからな!
お前らもビールに枝豆食いたいなら、地上と交信して許可貰えよ」
「いや、欲しいって言ってません」
「そうか、そうか。
大将、焼き鳥無い?」
「缶詰なら……」
「それチンして持って来てよ。
あ、七味は私の私物有るから。
やらないからな!」
「別にくれって言ってません……」
淡々と任務をこなす北川船長でない、北川船長の皮をかぶった知らないオッサンがそこには居た……。