地球外投票
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
大学院は早くて22歳で入る。
つまり選挙権がある。
たまたま宇宙に滞在している山崎飛行士が住民票を届けている地方自治体で、首長が病気を理由に辞任してしまった。
「……という訳で、不在者投票になりますね?」
地上からの問い掛けに
「当たり前でしょ。
まさか投票の為に地球帰還とか無いですよね?」
と答える。
そういうやり取りが有った。
後日、地上からまた通信が来る。
「投票用紙打ち上げるので」
「は??」
「あのですね、当該自治体の選挙管理委員会から
『明らかに不在にしているのが分かっていて、
それは個人的な都合でなく、
所在地も分かっているのに投票用紙を敢えて不在住所に送るのは選挙権を奪っているのではないか』
という意見が出たので、宇宙ステーションに投票用紙送れないか?
って言われたんですよ」
「断って下さい」
「最初そうしようかと思ったんですけどね、
君、特別派遣地投票の手続きしましたよね」
「してないです」
「してます。
国政選挙のですが、署名してます」
「あ〜、あ〜あ〜あ〜、何か有りましたね!
説明では南極の場合と一緒と言ってた」
南極越冬隊の場合、南極投票に登録すれば昭和基地で国政選挙への投票が可能なのだ。
きちんと立会人も居るし、投票用紙は予め登録者分越冬隊長が保管してあり、投票はFAXで日本に送られる。
有人宇宙飛行計画は総理大臣肝煎りの案件である。
参政権が国の仕事で侵害されるとあらば、それを突っ込まれる。
きちんと法制化していたが、こういうのは出来てないと騒ぐ癖に、出来てしまうと見向きもされない。
大体、元となる南極投票があるのだから、これについて時間も取らない。
……政局にもならないし。
JAXAの職員も忘れるくらい、出来るまでに波風立たず、出来てから通達という形で送られるも、しばらく施行される事も無かった為、忘れられていた。
「で、どうなるんですか?」
「イプシロンロケットで投票用紙と投票箱打ち上げます。
書いて投票箱に入れて、送り返して下さい」
「電子投票とか無いんですかね?
確か、ロケットで小型カプセル打ち上げ、
中に収納して物を詰めて地球に射出ですよね。
技術的には凄いんですが、やってる事アナログですよね」
「地方自治体だから、アナログな事しか出来ないそうです」
「一応、宇宙ステーションにFAX有りますよね?」
「直接のファクシミリじゃなくて、
一回スキャナーに取り込んで送るタイプだから、
コピー可能だからだそうで」
「……その2つに何の違いが有るんですか?」
「電話回線使って単一性が有るものは可、
インターネット回線使うものは不可、
電子ファイル化で保存も不可、
……と書いてます」
「そちらも分からないんスね……」
大した手間では無し、山崎飛行士は受け入れる事にした。
数日後、イプシロンロケットが打ち上げられ、最短時間で宇宙ステーション「こうのす」に到着した。
こういったカプセルは物理実験棟に発着口が在る為、そこの責任者・山崎飛行士がそのまま受け取って、皆に見せた。
北川船長が軽く溜息を吐いた。
「いつ投票する?」
「もう投票して良いんですか?
不在者投票って何時から始まってるんですか?」
「公示してから……もう始まってるね。
期日前投票は、あと5日だね」
「投票しないってのは……無しっスかね?」
「誰に入れたか、誰も書かなかった、それは投票の秘密が保持される。
ただ、この大気圏突入投票箱は君専用だから、入って無いと目立つだろうね」
「ホント、白票で出してやりましょうか」
「好きにして。
僕は誰に投票しろとか言えないから」
そう言って船長は、同封されていた候補者の政策が書かれた冊子を手渡した。
翌日、投票。
「氏名は?」
「山崎達生です」
「生年月日と住所をお願いします」
それを回答。
選挙ボランティア役の鈴木飛行士が投票用の葉書を切って、必要な四分の一だけにする。
そして船長に渡し、名簿参照し、ボールペン(無重力でも書ける優れ物)でチェックした後、投票用紙と引き換えて貰う。
そして、候補者の名前と略称が書かれた紙が貼られた場所で名前を鉛筆で記入。
それを大気圏突入カプセルに入れる。
入れられたのを確認した後、船長が蓋をし、封印シールを貼る。
外蓋も閉めて、地球投下用自動発射装置にセット。
ここまで撮影したが、停止する。
動画データを無編集で送信して終了。
「はい、お疲れさん」
「茶番でしたね」
「まあ、そう言わない。
投票に不正が無いか確認する為にも、地上と全く同じ事をしないとダメらしいので。
鈴木君も協力ありがとうね」
「……うちのとこでも同じ事起きかねませんよね」
「知らん。
国政選挙は我々が帰るまでには無さそうだから、それは安心しようか」
離れた所で見ていたベルティエ料理長が皮肉たっぷりに言った。
「いやあ、先端技術で運用されている宇宙船の中で、実に古典的なものを見せて頂きましたよ」
ただしベルティエはある事を隠していた。
フランスでは宇宙ステーションからメールによる投票を可としていたが、本人チェックとかは甘々なのであった。
アメリカ大統領選挙で現実先輩が大暴れしてますが、
選挙というアイディアは頂いたものの、
現実を皮肉ったりネタにはしないつもりです。




