船外活動
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
船外活動は宇宙飛行において最も危険な任務と言って良い。
母船から離れてしまえば、戻るのは一苦労である。
未だにSFアニメのような、プシュッとガスを一噴きで高速移動出来る、体にピタッとしたスマートな宇宙服は存在しない。
モコモコした宇宙船で体を鎧い、ドデカいバックパックをスティックでコントロールしながら、ジワッと動いていく。
急制動は危険だ。
母船にぶつかってしまうと、反動で弾き飛ばされてしまう。
飾りじゃない足が人間にはあるが、それでスタッと着艦するような動作はしない。
じわりじわり速度を落とし、物に把まって動きを止め、そして船内に入る。
完全独立機動方式の宇宙服と移動用パックがあっても、命綱を付けるのは、その方が手っ取り早く「母船からはぐれない」で済むからだ。
船外活動には他にも問題がある。
大気が無い宇宙では熱の平均化が起こらない。
日向側の作業では100℃近くになり、日陰側だと氷点下に下がる。
アニメ型のピタッとした宇宙服が無いのは、この熱問題が絡む。
もしかしたら、薄手で「太陽光を反射して熱を吸収せず、絶対零度の空間にも熱を奪われない」素材は有るかもしれない。
しかし、文字通りの中の人は、生きている限り熱を発散し続ける。
外の影響を受けない素材は、逆に中の熱も閉じ込めてしまう。
さらに皮膚呼吸の問題もある。
とどめに人間汗もかく。
故に、ピタッとした宇宙服よりも、服と身体の間に適度に空気が通り、熱も空気も循環させられる形状が宇宙では現状最適のものである。
鎌倉時代の大鎧は、皮製の対矢用盾を肩で吊って着込んでいたようなものだ。
立って歩くより馬上に在り、鞍上に鎧を乗せて支えた方が効果を発揮する。
適度な鎧と人間との空隙が矢が刺さるのを防ぐ。
船外活動用宇宙服は、これに似ている。
着ぐるみのように、大鎧のように、かぶるものなのだ。
昔はワンピースだったから、装着も大変だった。
今は腰の部分で分かれているから、大分楽になった。
だが、装置が簡単では無いのも確かである。
柔らかい服地の衣服を着るような訳にもいかない。
大鎧や騎士のプレートメールのように、常に従士に着替えを手伝って貰う訳にもいかない。
(必要なら手伝うのは当然。
一人で出来るかな?が目的ではなく、効率の良い方法が最良の方法。
ただし、一人しか居ない場合に備えて、一人で着られた上での話である)
「……という訳で、訓練としてアレクセイ・レオーノフ氏の不便さを経験して貰う」
命綱付き、宇宙銃(ガスを噴射して移動する装置)持ちで、ジェミニ改のハッチを出て、「のすり」の機体外周を移動する。
行動に目的は無い。
その行動自体が目的である。
操縦訓練や「のすり」船内での訓練を終え、日程は船外活動習得に入っていた。
一方、宇宙ステーション「こうのす」、ここは「宇宙長期滞在をするにあたり、どれだけストレスを減らせるか」の実験設備である為、訓練機とは比べ物にならないくらい快適であった。
訓練機で宇宙飛行士4人の生活空間で、訓練施設でもある「のすり」は、「こうのす」においては倉庫兼一人になりたい時用の仮眠所に過ぎない。
同じくらいの広さである旧「こうのとり改」の与圧室は、現在「艦長室」の名の下に、船長用個室となっていて、農場ユニットの命名時に使われた筆で和紙に「糖分」「いちごパフェ」と書いたものが扁額的に飾られていた。
22倍もの容積の宇宙ステーションでの生活は、折り返し地点を過ぎていた。
訓練機と同じ4人の宇宙飛行士、ミッションスペシャリストの生活にも余裕が出来て、任務外の時間、休養を除いた自由時間に様々遊べるようになっていた。
遊ぶと言っても、
「宇宙でカーブを投げてみよう」とか
「宇宙でラジオ体操をしてみよう」とか
小学生からリクエストされたものを動画撮影しているものだが。
(カーブは、踏ん張りが効かない上に、全力で投げてはいけない場所、かつ草野球しか経験が無い人が投げた為、予想よりも全く曲がらず。
結論として野球選手は凄い、となった)
「船外活動でもやってみる?」
地上スタッフも軽く言って来た。
「こうのす」での宇宙遊泳は全く危険じゃ無い。
宇宙塵防御用ネットが張られていて、この内側に居る限りははぐれる事は無い。
ラグビーやアメフトタックルをすれば壊れる可能性もあるが、そこまで馬鹿な事をする人も乗っていない。
支柱部分くらいなら、どっかの赤い機体のように、蹴って加速をつけられるくらいの強度がある。
「宇宙でストレス無く過ごす」為にはレクリエーションも必要である。
船外活動というより、宇宙遊泳で楽しむなら、2時間は活動が出来て、更にバッファを持たせて生命維持をする、なんて仕様にしなくて良い。
30分程度宇宙に出られる、割とアニメの宇宙服に近い船外着が作られた。
生命維持装置は、某映画の暗黒卿の胸部パーツ程度に小型化され、熱は断熱で無く、毛皮のコート程度に保温可能な程度。
当然内からの熱も宇宙に逃す。
冷え過ぎた場合は電熱服のスイッチを入れる。
暑過ぎる場合は
「日傘があるから、直射日光を遮れ」。
X型に推進機が付いたリュックを背負う。
腰辺りにある操縦桿を動かし、割と自由な立体機動が出来る。
大分アニメの宇宙飛行に近づいた感じだが、これは
「生簀の中で、短時間泳ぐだけだから、8分の1の総重量25kg程度まで軽量化出来たから可能になった」
だけである。
潜水服も、レジャーのスキューバダイビング用と、深海での作業用では見た目も動作も大分違う。
一見進んだように見えるものは、過酷な条件を緩和されたから可能になったのだ。
そして、片や訓練の為に生命維持装置も重く、膀胱が縮んで尿漏れ(急に高所に立った時のようなフワッと感がある)や長時間でのトイレ用の排尿機まで装着しながら、恐る恐るハッチから外に出た。
片や、尿漏れ用には紙オムツ程度で、エアロックから
「おお、すげ〜!」
と叫びながら宇宙に飛び出し、カメラ撮影して30分の宇宙遊泳を楽しんでいた。