「のすり」側の訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ジェミニ改での訓練は、機体が2人乗りから4人乗りに変わっても内容は一緒である。
第二世代宇宙船は、操縦で軌道を変えられる。
「のすり」を追い越したり、真下(地球側)に移動して姿勢を90度回転させたり、追い越して反対側からドッキングアプローチに入ったりする。
今迄1機が宇宙ステーションにドッキングするだけだったが、もう複数機がドッキングする仕様に変わった為、指定されたポートに移動する操縦技量が求められる。
これは船長に任命されている、何度か宇宙に行った事がある飛行士にも必要な技量であり、彼等の再訓練も行われる。
こういう分かりやすい操縦訓練と違い、宇宙ステーション内の訓練は地味である。
今迄標的機であった「のすり」は、飛行士がジェミニ改で訓練している間は無人操縦されていた。
その為、「のすり」を使った訓練はジェミニ改とドッキングしてのものであった。
この場合、宇宙ステーション運用を想定してのもので、無重力環境で研究パネル(と見立てた訓練盤)を取り替えるとか、二酸化炭素吸着フィルターの交換とか、空気漏れを想定しての補修訓練とかであった。
エアロックが付いていれば、船外活動もするが、今回は4人乗りの為、狭くなるエアロック及び船外活動の為の装備は「のすり」には積み込んでいない。
今回は日程後半で、ジェミニ改側から船外に出る訓練を行う。
今回、「主電源故障、原因特定後、予備電源起動の可否を判断し、適切な起動を行う」訓練が組み込まれていて、あえて訓練生2人で行って貰う。
これはアメリカの訓練に倣い「臨機応変」を重視し、何時、どのような故障となっているかは教えずに行う。
今回の設定は極めて意地悪であった。
「姿勢制御が乱れた」という想定で主電源を落とし、暗闇とする。
この状態で地球を見て、何度傾いているかを逐次報告させる。
この「姿勢制御装置故障」がフェイクの訓練内容であった。
いや、これ自体は立派な訓練であるが、これを隠れ蓑とし、本命のハプニングを起こす。
姿勢制御異常に見立てた傾斜計測や回転速度計算という訓練を終え、主電源を入れさせる。
これが合図であった。
地上スタッフによる、事故プログラムが動き出す。
引き続き彼等は、ランデブー飛行中のジェミニ改との、電波以外での交信訓練をさせている。
そんな中、指令パネルには、異常を知らせるオレンジのアラートサインが出始める。
別の訓練をしていた彼等はこれに気づかない。
それは予想通りだ。
まだ、見る人が見れば「あれ?」と思う程度の数値の変化でしかない。
だが、一定値を超えた辺りで、アラートサインはけたたましい音を伴い、異常を伝える。
気づいた彼等は、訓練中断を地上に伝える。
「報告」「連絡」「相談」、まずはそれが重要だ。
Warning情報を一つ一つ洗い、マニュアルとも照らし合わせ、原因を探る。
計器は、電圧の低下を示していた。
更に酸素タンクの圧力低下も。
これは燃料電池に供給する酸素漏れを意味する。
地上にも確認の後、酸素タンクの弁を閉じ、流出を防ぐ。
主電源を落とし、非常用電源に切り替える。
予備電源は、主電源と同じ事が出来る。
非常用電源は、完全に独立したもので、交信、姿勢制御とコンピュータの非常モード以外の電力供給は断たれる。
その上、復旧を前提とするから3時間しか保たない。
この間に、故障の原因を探り、対応を考える事になる。
今回のハプニングの意地悪なとこは、「原因不明」と設定した事だ。
アポロ13号の事故に倣っている。
あの時、酸素漏れは分かったが、何故酸素漏れになったかは飛行中は分からなかった。
原因であるコイルの異常は、宇宙飛行士が帰還してから、全体調査をして判明した。
あの時、パネルが吹き飛ぶ程の爆発で、2番タンクの他に1番タンクも損傷、予備電源は大気圏再突入用で起動したら後々死を迎えるものであった。
原因不明というのは、予備電源を起動させて二次災害を起こす可能性も持たせてしまう。
新人飛行士は原因を探る。
だが分からない。
分かる筈がない。
時間だけが過ぎていく。
ある程度で、彼等なりに結論を出さないとならない。
ここで
「一か八か、サブ電源を使います」
は失格、一から訓練やり直しである。
精神面から鍛え直せ、となる。
リスクは最小に抑えなければならない。
彼等が出した結論は、
「主電源は回復不能として放棄。
予備電源も状態が分からない以上、使用しない。
太陽電池を使った再生可能電源とバッテリー残を利用しての再起動」
であった。
「それだと電力不足であり、一週間保たないぞ」
という地上からの交信に
「訓練は中止し、ジェミニ改とドッキング後、必要物資と情報を持っての帰還を提案します。
太陽電池を使った再起動は、ジェミニ改とのドッキングと離脱までのものと見て下さい。
船長とも相談し、状況が好転しない場合は即座に帰還します。
まずはジェミニ改とドッキングしないとならないので、その為の再起動は必要です」
と言って来た。
求めていた解であり、満点だった。
時には打ち切る判断も必要なのだ。