四人体制での訓練
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
橋田船長が3人の訓練生を乗せたジェミニ改2で、同時に打ち上げた多目的宇宙船「のすり」に早々にドッキングをした。
「のすり」はこれから一週間、4人が滞在する生活空間であり、ジェミニ改で訓練生がランデブーやドッキングをする標的機でもあり、搭載機器を使っての訓練機でもある。
まさに多目的機。
まずこの機体にドッキングしたのは、増設席の飛行士をさっさと多少広い生活空間に移す為だ。
訓練は2人ずつ分かれて行う。
まあ、宇宙で生活する事自体が訓練でもあるが。
ジェミニ改を分離し、2人は操縦訓練をする。
残り2人は「のすり」内で地上交信、船外活動服の無重力下での脱着、予告無しの停電から(地上から操作する)の回復や手動での姿勢制御、位置計測等を行う。
橋田船長は、常にジェミニ改の船長席に座り、訓練生の操縦指導を行う。
(座席に居る時間が長い船長が一番損な役回りだな)
と思わなくもない。
だが、地上からの指令で出来る「のすり」内での訓練と違い、秒速7キロで飛行するジェミニ改は操縦ミスをしたら、4人とも殉職する事も有り得る。
いざと言う時、操縦をオーバーライド出来る船長席にはベテランが必要なのだ。
今回の訓練生3人を、翌日から一日ずつジェミニ改に乗せて、操縦をさせる。
その後、ジェミニ改のハッチを開けて船外活動の訓練をする。
これは一日に三交代で二日間行う。
到着日と七日目は何もしない。
何もしないと言っても、荷物の搬入はするが。
そして八日目に「のすり」から離脱し、地球に帰還というスケジュールであった。
よって、打ち上げし、ドッキングしたこの日は生活物資や宇宙服を「のすり」に運び入れたら、ミーティングして終わりである。
内部は2.1メートルの立方体で、そこに4人が入ると狭いような、天井も壁面も使えるから広いような。
トイレは壁内に在り、給水機も壁に埋め込まれている。
ベッドも壁から倒して出す。
ベッドは幅も無く、寝袋をフックで引っ掛ける簡素なものだ。
クッション地になってるだけ、睡眠を考慮していると言える。
が、やはり4人がそこにいると密である。
ジェミニ改の貨物置き場、そこには増設席と荷物が置かれていたが、荷物は「のすり」に移動させ、人も居ない。
だから、1人はジェミニ改で寝る事を橋田船長が提案する。
それには全員が賛成だったが、意外な事にジェミニで寝ると立候補したのが2人だった事だ。
1人は、操縦席で寝たいと言う。
「自分は基地の路肩で寝たりするのが苦では有りませんでしたので」
と言う。
(苦にならないじゃなく、むしろ好きなんじゃないか?)
と思って聞いたところ、自衛隊に居た時も待機室で制服を着たまま椅子で寝たりしていたそうで、
「除隊後、時々高速バスに、深夜寝る為だけに乗ったりもしてました」
と言う、ちょっと圧迫された環境の方が好みの変人だったようだ。
もう一人は普通に気を使っての事だったので、彼と橋田船長は一日交代で寝場所を変える事にした。
秋山が考えたように、訓練生、しかも元自衛官や大手航空会社パイロット上がりは、些細な事で文句は言わなかった。
バスの運転手、長距離トラックの運転手、長距離パイロット、どれも贅沢な寝床が用意されている訳ではない。
仮眠スペースは非常に狭く、毛布か寝袋に入って寝る。
そういうのが嫌になる人もいれば、たまにはそういう狭さが懐かしく思う人もいる。
食事についても、インスタントラーメンとかバランス健康栄養食のブロックタイプで間に合ったりする。
大体自衛隊を一度は経験した3人は、ミリ飯を経験している。
日本のミリ飯こと戦闘糧食のうち、二型は相当に美味しい。
宇宙食に近いのは一型(缶詰)で、災害派遣等で食べる。
これらはカロリー補充の為、大盛なのだが、それに比べ宇宙食は量が少ない。
栄養は十分で、あとはトイレを減らすようになっている。
寝場所決めの後、食事をしたが、パックにお湯を入れて戻すパック食でも黙々と食べる。
量は少ないが、文句は言わない。
そして鉄分、カルシウムの錠剤を飲む。
スケジュールの確認をして、その日は眠りに就いた。
悪い住環境に慣れていて、乗り物にも慣れている3人の訓練生だったが、宇宙酔いはそれとは無関係にやって来たようだ。
やはり脳に血が上がったまま下らない宇宙酔いは、慣れや身体の屈強さとは別物のようだ。
それでも休まずに訓練は行う。
本人たちが大丈夫だと言っている。
味気ない朝食を義務的に摂り、日本時間10時丁度にジェミニ改を切り離す。
9時には橋田船長と訓練生1名がジェミニ改に移乗し、ハッチを両側から閉める。
手順通りにジェミニ改を起動させていく。
その操作を見守っていた橋田船長に訓練生がふと漏らした。
彼は打ち上げ時、増設座席に座っていた。
「操縦席に座ると、広く感じますねえ」
……文句を言わなかっただけで、やはり狭かったんだなぁ、と橋田船長は察した。
ランデブーとドッキング、それと六分儀を使った「故障時の位置測定」訓練の為、ジェミニ改は「のすり」から静かに離れた。




